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【コラム】中ロの共鳴と米欧敵視、3つの鍵で読み解く-ブルーカー

  • 習氏、戦略シフトを隠そうともせず-「9号文件」後に統制強化
  • 中国経済は欧米の秩序に依存しているが、共産党はその原理を嫌悪

ロシアのウクライナ侵攻を巡り中国がプーチン政権批判を拒んだことに欧州諸国が当惑している。中立な立場で仲介役も果たし得るとしている中国政府だが、対ロシア制裁に加わらず、紛争の責任は米政府にあると非難し続けている。欧米の首脳はショックを受けている場合ではない。中国とロシアの関係改善は何年も前から進んでおり、2月4日の北京冬季五輪開幕日に行われた中ロ首脳会談では限界のない相互関係が宣言された。

  こうした出来事は中国の広範な戦略シフトの一環だ。ルールに基づく世界秩序参画に関する中国政府の認識が変化しつつあることが背景にあり、特に2013年に国家主席に就任した中国共産党の習近平総書記は、こうした重大な転換を隠そうともしない。リベラルな民主主義的価値観に対する敵対意識の高まりと専制政治に有利なグローバル体制を構築するとの決意を示す象徴的な動きが目立っている。3つの具体例を示そう。

1.9号文件

  共産党指導部は13年、「イデオロギー領域の現状に関する通報」というコミュニケを幹部向けに配布した。立憲民主主義や人権、市民社会、報道の自由などの「欧米」の価値観に触れ、反中勢力が共産党の権威と統治を弱める手段だと激しく非難した文書だ。

  「9号文件」として知られるこの文書は、人権派弁護士とその擁護者に対する取り締まり強化や報道機関の統制強化、インターネットおよび学界での表現の自由抑制、外国の非政府機関(NGO)排除の先触れだった。かつては少なくとも市場経済の自由化を習氏が推進するとの期待もあったが、習政権が共産主義の正統性を再び追求し、社会と経済に対する党の支配を再確認するという重要なシグナルが9号文件だ。

  米国の50年間に及ぶ対中関与政策は、発展に伴い中国の自由化が進むということを前提の一部としていた。複数政党制の民主主義体制に至らずとも、民主主義世界の規範を一段と受け入れるようになるとの想定だ。だが9号文件はその反対のことが起き得ることを明示している。つまり、中国がより豊かで強くなるにつれ、戦後秩序の基本的価値観を一段と敵視する可能性だ。

2.2015年の軍事パレード

  15年に北京で行われた抗日戦争勝利70年の軍事パレードにはプーチン氏も参加した。同氏と習氏は天安門広場に共に姿を見せたが、2人はその数カ月前にモスクワで行われた戦勝式典でも一緒だった。ロシアはウクライナのクリミアを14年に併合しており、多くの欧米首脳がボイコットする中で習氏はモスクワを訪れた。

  中国の第二次世界大戦で被った苦難と戦争遂行への貢献は西側で過小評価されている。中国の死者数は少なくとも1400万人とソ連に次ぐ2番目の多さだ。1931年の満州事変を経て、37年に日中戦争が始まり、他のどの連合国よりも長きにわたり戦った。それでも中国政府は引き続きイデオロギーのレンズを通じてこの時期を見ており、中国側と西側の認識は微妙かつ重要な対比を成している。

  中国は抗日戦争を「世界反ファシズム戦争」とも呼ぶが、オーストラリアの学者ジョン・フィッツジェラルド氏の著書によれば、この言葉は30年代にモスクワを拠点とするコミンテルンが使ったもので、第二次大戦末期に後に中国初代国家主席となる毛沢東氏が採用し、スターリン体制のソ連への忠誠を示した。フィッツジェラルド氏はより広範な闘争において中ロを同志として捉える言葉だとし、「英国と米国は実際に侵略した国と同じようにソビエト・ロシアと中国の敵だった」と論じた。

  大半の欧州人にとって第二次大戦の意味するところに曖昧さはなく、プーチン氏が言うウクライナの「非ナチ化」は全くばかげている。むしろ、国境での部隊集結やロシア系住民保護という口実、偽旗作戦といったロシア側の行動はヒトラーのナチス・ドイツに不気味なほど酷似している。だが、中国共産党の視点からすればロシアの主張はロジカルだろう。2015年にプーチン、習両氏が互いの国を訪問したことで分かるように、中ロは帝国主義と見なす資本主義国家に対する何十年にもわたる闘争のパートナーだ。たとえ公然と口にできないにせよ、中国の共感がどこに向かっているのかは明らかだ。

3.香港

  かつて英国の植民地だった香港は、中国の共産主義体制が西側の開かれた自由民主主義の価値観と世界で最も目に見える形で交差していた場所だった。1997年に中国に返還された香港が得ていた高度な自治は、強権的な政府の下で自由で多元的な社会がどのように繁栄できるかを示していた。政治的に改革されていない中国が世界の資本主義システムにどのように迎え入れられたかを映し出す縮図が香港だった。

  香港を巡る啓蒙的かつ互恵的な取り決めの終焉(しゅうえん)は根本的に異なる世界観に基づく2つの体制間の平和的共存の可能性についての中国の認識を語る上で、極めて重要だ。中国が2020年に導入した香港国家安全維持法(国安法)で香港社会は全く変わってしまった。

  中国政府には介入する理由があった。共産党は19年に広がった民主化デモを香港の自由が狭められようとしていることに対する予測可能な反発と受け取るのではなく、米国が動かしている手先による中国不安定化の企てと見なした。秩序回復に必要な措置をはるかに超える取り締まりが行われたが、9号文件に沿った措置で、共産党が文化大革命以前に本土で行った社会全体を巻き込む「整風運動」を連想させた。

  香港のリベラルな価値観への反動は、なぜ中国政府がウクライナにおける世界的ルールに基づく秩序の強力な擁護者ではないのかを考える際、示唆に富む。中国経済はこうした欧米の秩序構造に依存しているが、共産党はその原理を嫌悪している。中国政府が将来どのようにグローバル体制の再構成を図ろうとするか、そしてそれを実行する力をいつ持つか、持たないのかを分析するに当たり、このことは念頭に置く必要がある。

(マシュー・ブルーカー氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニスト兼エディターです。ブルームバーグ入社前は、サウスチャイナ・モーニング・ポストに在籍していました)

原題:Three Ways China Presaged Its Stance on Ukraine: Matthew Brooker (抜粋)

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