コンテンツにスキップする

コロナ患者受け入れに尽くすホテル業界、日本の医療体制の不備を補う

  • 病床確保に向けた行政の対応や保健所への大きな依存に課題-専門家
  • 岸田政権は第6波に備え医療体制を確保ー病床数を今夏より3割増

1日を始める前に押さえておきたい世界のニュースを毎朝お届け。ブルームバーグのニュースレターへの登録はこちら

品川プリンスホテルといえば、多くの人が利用する品川駅の目と鼻の先にあるが、イーストタワーのロビーに一歩足を踏み入れれば、そこに広がるのは別世界だ。ゲストの出迎えはソフトバンクのロボット「Pepper(ペッパー)」がこなし、部屋に案内されると、書類で滞在案内や注意事項が伝えられる。

  宿泊客に共通するのは、新型コロナウイルスの感染者だということ。もちろん全員がそうではないが、いったん陽性判定されれば、患者はホテルに宿泊して臨床試験に入ることもできる。

JAPAN-STOCKS-TRANSPORT-HOTELS-COMPANY-SEIBU
品川プリンスホテル
Photographer: Yoshikazu Tsuno/AFP/Getty Images

  機能不全ともいえる日本の医療システムにおいては、病院は新型コロナ患者の受け入れを拒否することができる。病床などのリソースがあるにもかかわらず患者が受け入れを拒否されるという事態となってしまうため、それを埋める形でホテルが利用されている。人口密度が高い日本において、家庭内感染リスクを減らす狙いもある。

  2月に新型コロナに感染した田村夏希さん(28)は、仙台市のホテルで、家族から離れて8日間を過ごした。疲労感や喉の痛みはあったが症状は軽症で済んだ。飲食業を営む田村さんは、「家族にうつしたくなかったので本当にありがたかった」と話す。ホテルの部屋で過ごす毎日も「もともと出不精だから苦にならなかった」。

  感染拡大を防ぐ手段としてホテルを利用することは、新型コロナによる行動制限で業績が落ち込んだホテル業界にとって救いの手となるため、いまや世界のいろいろな国で定着した。中でも、世界で最も高齢化が進み死亡リスクが高い日本では、無症状や軽症の感染者を隔離して感染拡大を防ぐという方法は大きな意味を持つ。

市場のニーズ

  アジアには、陽性者は全て病院に収容するという国もあるが、日本では一人当たりの病床数は世界一でも、新型コロナ患者を受け入れる病床数の割合は約2.5%しかない。規模の不足や民間病院であること、感染症を扱う装備がないなどさまざまな理由で多くの病院が受け入れを拒むためだ。

Hotels in Tokyo Ahead of A No Spectator Olympics
東京・六本木のアパホテル
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg

  このため日本政府は、アパグループ(東京都港区)、BWHホテルグループなどから約6万床分を確保済みだ。これまで新型コロナに感染して隔離のために宿泊した人の数は、東京だけでも7万人に上る。

  全国で10万室以上を展開するアパグループは、受け入れ当初は風評被害もあったが、いまでは顧客ベースの拡大につながったという。「医療崩壊を防ぐことに側面から貢献したいとの思いで貸し出しを決意した」とメールでコメントを寄せた。

  日本では地域に根付いた保健所の果たす役割が大きい。いったん陽性と判断されれば、病院やホテルを手配するのは患者の住む地域の保健所の職員だ。濃厚接触者の追跡から児童虐待の調査まで、保健所が取り組む課題は幅広い。

行政の不作為

  公衆衛生の専門家の中には、こうした現状を疑問視する声もある。疫学者で東京財団政策研究所の研究主幹である渋谷健司氏は、「諸外国では陽性だったら医療に入る。軽症まで保健所、その先は医療という国は日本だけ。なぜ保健所の職員が医療的判断をするのか」と釈然としない。「病院のベッドを用意できず、患者が自宅で亡くなる状況は行政の不作為だ」。

  日本では、陽性反応になっても保健所が必要と判断しない場合や、入院が必要なほど重症でない限り、医者の診察をきちんと受けることはできない。新規感染者の数が1日に2万5000人を記録した8月には、250人が自宅で亡くなった。

  岸田文雄首相は次の感染拡大の波を見越して、病院の収容可能人数を感染拡大のピークとなった今夏より3割増やして3万7000人に引き上げるなど、医療体制の整備を急ぐ。だが、大事なのは、必要なときにベッドが使えないというリスクだ。

  政府が発表した資料によれば、夏場には病床の稼働率が5割ほどだったにもかかわらず、患者の受け入れを拒否する病院があった。

  現在、日本では成人の4人に3人以上が予防接種を受け、新型コロナの新規感染は抑制されている。しかし、医療体制は脆弱なままで次の感染拡大への懸念は高まっている。

Inside the ICU and Covid Wards of Chiba University Hospital as Virus Overwhelms Japan
新型コロナの重症患者を受け入れる千葉大学病院(8月・千葉市)
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg

脱出の試みも

  通常、新型コロナの患者は、ハイヤーや救急車でホテルに運ばれる。滞在中は、1日3回、指定された時間に無料の食事を取りに行く以外、部屋から出られない。

  看護師からの電話チェックが定期的にある以外、滞在中の約10日間は外部との接触はできない。チェックアウトするにも、最後の3日間で熱が下がっていなければ許可は下りない。ホテルには抗体カクテル療法として使われる中外製薬の「ロナプリーブ」が受けられる準備がしてあるほか、希望者は塩野義製薬が新型コロナで開発中の飲み薬の治験に参加する。

  掃除も洗濯もできなければ、新鮮な空気を吸うこともできず、外からの配達物も禁止。宿泊している患者が外部に出ることがないよう、また患者の安全を確保するために、警備員が常に目を光らせる。こんな環境に耐えきれず、過去には脱出を試みた患者もいた。

  放送作家の岸本誠氏(37)は、9月に実体験をSNSに投稿し「不安はいつ悪化する状態か分からないこと」と話した。「医者に診てもらうこともない。悪化した後に入院先が見つからなければずっとホテル療養。安心できるかと言えば全然そうではない」。

原題:Japan’s Health Care Dysfunction Forces Hotels Into Covid Duty(抜粋)

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中 LEARN MORE