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世界の半導体需要が生んだ悲劇、コロナ禍の操業継続が家族の幸せ奪う

  • 操業続けたSTマイクロのマレーシア施設で20人以上死亡
  • サプライチェーン維持の取り組みが途上国労働者を危険にさらす
The youngest son of Hani Bin Sha'ari looks at photos of his father at the family home in Sungai Rambai, Malaysia, on Oct. 25.
The youngest son of Hani Bin Sha'ari looks at photos of his father at the family home in Sungai Rambai, Malaysia, on Oct. 25. Photographer: Ian Teh/Bloomberg

ハニ・ビン・シャアリさんは、STマイクロエレクトロニクスのマレーシア施設で20年余りにわたって勤務し出世の階段を上っていた。妻と4人の子供のために一生懸命に働くことを誇りにしていた。新型コロナウイルスの感染が急増する中でも同社の半導体工場は操業を継続し、ハニさんも仕事を続けた。

  7月のある朝、ハニさん(43歳、当時)は発熱の症状で目が覚めた。妻ナンシーさんは夫を地元のクリニックに連れて行き、コロナ検査を要請した。勤務先工場で感染が発生していたためだ。検査の結果は陽性。ハニさんはすぐに病院に隔離された。急激に体重が減少したため、ハニさんは家族を不安にさせないようビデオ通話を避けるようになった。電話口で息切れするハニさんに休むようナンシーさんは促した。それが夫婦の最後の会話だった。

  「4歳の息子は『アヤ(お父さん)はどこ? アヤはどこ?』としきりに尋ねる」とナンシーさん(41)はインタビューで語った。

  コロナのデルタ株がマレーシアで今年猛威を振るった際、ムアールにあるSTマイクロの施設では労働者少なくとも20人が死亡し、ハニさんもその1人。コロナで従業員が犠牲となる中でも、同社は半導体の組み立てと検査を行う同工場の操業を継続した。自動車メーカーなどの顧客からの需要急増に対応するためだ。他の多くの国と同様に、マレーシアの当局はコロナのパンデミック(世界的大流行)のさなかでも経済活動を続けることに関心を向け、国内の多くの部分でロックダウン(都市封鎖)が実施される中でも半導体メーカーには免除措置が認められた。

  「6月に人々が感染していった時にSTが工場を閉鎖していれば、夫は死ななかったと思う。私は本当に憤慨している」とナンシーさんは話した。

How the Push to Make More Chips Led to Death in a Malaysian Town
ナンシーさんと息子(10月25日、マレーシア・スンガイランバイの自宅で)
写真家:Ian Teh / Bloomberg

  世界ではコロナ感染症で多くの人が亡くなったが、ムアールの施設の死者は国内および世界の平均を大きく上回っている。マレーシア保健省によると、パンデミックが始まって以降、同国では1100人に1人がコロナで死亡。これに対し同施設では少なくとも210人に1人に上っていると、ブルームバーグ・ニュースは伝えた。STマイクロはムアール施設で死亡した従業員の具体的な数についてコメントを控えている。

  同社はブルームバーグ・ニュースに対する文書でのコメントで、「2020年1月のパンデミック開始以来、STの行動と戦略は感染予防の最大化と従業員およびその家族を支えることを第一に、そして最優先に位置付けている」と説明。「そのために事業を行う全ての国の公衆衛生当局と緊密に協力し、広範囲の措置を講じている。専門家の第3者の指針にも頼っている」とした。

  今年に入るまで、世界のサプライチェーンについて特定分野の専門家を除いて誰もそれほど気にしていなかった。マレーシアやフィリピンなど途上国の役割が大きく注目をされることもなかった。しかし、コロナ禍は世界中の企業トップや政治指導者、消費者への警鐘となっている。「iPhone(アイフォーン)」からピックアップトラック、ナイキのスニーカーに至るあらゆる製品の生産が部材不足で混乱を来しているためだ。

  ムアール施設での悲劇は、これまでほとんど知られることのなかった、パンデミックのさなかにサプライチェーンを稼働し続けることに伴う人命の犠牲を浮き彫りにしている。先進各国の政治家は半導体の増産を促し、マレーシアなどの政府当局者は大企業に特例措置を認め、ハニさんのような従業員の命を危険にさらしている。

  「国や企業よりも労働者の利益に気を配ることが政府の責務だ」と、かつてマレーシアで法律担当の閣僚を務めたザイド・イブラヒム氏は指摘。「政府と企業、労働者の3つのうち最も大切なのは労働者だ。こうした悲劇を避けられれば良かった」と語った。

  マレーシア政府は、ゴムやスズの生産から経済の多角化を図るため外資の呼び込みに数十年間取り組んできた。自動車やスマートフォンなどに搭載される半導体の重要な製造過程を手掛ける世界の施設の13%をマレーシアが占めている。同国では20年時点で約57万5000人が電子・電機業界で働いており、STマイクロや独インフィニオン・テクノロジーズ、米インテルルネサスエレクトロニクスなど世界の半導体メーカーが拠点を構えている。

  コロナ感染者が今年初めに急増した際、当時のムヒディン首相は全面的なロックダウンは行わないとテレビ演説で表明するなど、政府の対応は遅かった。デルタ株の猛威で夏には1日の感染者が2万人を超え、政府は規制強化を急いだが、時すでに遅しだった。死者数の急増で国民の怒りは政府に向けられ、ムヒディン政権は8月に退陣した。 

Malaysia’s Covid Surge

Government reacted quickly last year by imposing lockdowns, but could not stop subsequent waves

Sources: Malaysia’s health ministry, Bloomberg

  STマイクロはアップルやテスラ、独自動車部品メーカーのコンチネンタル、ロバート・ボッシュなどを顧客に抱える。

  コロナ禍でも施設の操業を継続したことは当然、業績には寄与した。ハニさんが亡くなった日、STマイクロは好決算を発表し、株価は最高値を付けた。

  ムアールの施設で亡くなった従業員の遺族は公の発言を回避してきたが、ナンシーさんは夫のために声を上げることを決めた。ハニさんは政府と企業という巨大な力に挟まれて、落とす必要のなかった命を落とした善い人だったと話す。 

半導体不足が家族を引き裂く悲劇
 

  ナンシーさんは、STマイクロと、同工場の操業継続を許したアズミン・アリ国際貿易・産業相が家族の幸せを奪ったと主張している。国際貿易・産業省にコメントを求めたが、返答はない。

How the Push to Make More Chips Led to Death in a Malaysian Town
ハニさんの墓を訪れたナンシーさんと末息子
写真家:Ian Teh / Bloomberg

原題:The World’s Relentless Demand for Chips Turns Deadly in Malaysia(抜粋)

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