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ウォール街がマネーのバズーカ、高給で若手バンカーを確保

  • 週100時間以上の激務に求職者は尻込み、賃上げで引き付け狙う
  • ゴールドマンも最後には屈服、ブランドだけでは人を集められない
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Illustration: Martin Groch for Bloomberg Businessweek

ゴールドマン・サックス・グループの幹部は最初、不思議そうに見守っているだけだった。競合他社が次々と若手の給料を引き上げていた。銀行の中で足掛かりを得ようと週100時間以上の単純作業をこなす新人たちの賃上げが広がるのを見て、ゴールドマン幹部らはいら立った。ある上級幹部は、競合他社はウォール街のトップ投資銀行というブランドがないから採用で少しでも有利になろうと小細工をしていると文句を言った。

  小細工かどうかはともかく、大学を卒業したばかりの新人の値段はわずか数カ月の間に一流銀行の間で急上昇し、10万ドル(約1100万円)に達したかと思うと超えてしまった。この額は必ず受け取れる基本給であって、後からこれに相当額のボーナスが加わる。最後にはゴールドマンも屈服し、同社の名前だけでは他社に劣る待遇をトップクラスの求職者に受け入れてもらうことができないと認めた。

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ブルームバーグ・ビジネスウィーク(8月23日号)
Photographer: Annie Tritt for Bloomberg Businessweek

  社会全体にとっては、10万ドルの初任給は極端な格差と金融が経済を牛耳るようになったことの新たな象徴だ。若手バンカーは一般新卒者給料の中央値の約5倍かそれ以上を稼ぐことになる。初任給を引き上げたことで、銀行と他業界との報酬格差は時がたつにつれさらに広がっていく公算が大きい。

  初任給引き上げという譲歩は大手銀行のバランスシート上ではほぼ端数誤差にすぎないだろう。それでも、交渉をなりわいとするウォール街の有力者が一歩でも譲ったことは驚きだ。新入社員は突然、自分たちが優位に立っているかのように感じた。銀行はひどく人材を必要としているからだ。

  景気回復への自信が深まるに伴い業務は積み上がっている。新型コロナウイルス禍の早い時期には買収やその他の活動を手控えたであろう顧客企業が今は銀行の助言を求めて群がっている。

  意外にも、この若手人材獲得合戦の震源地はゴールドマンだった。投資銀行部門の1年生アナリスト13人が、寝る時間もない1週間や資料作成に対する無限の要求など、ウォール街の仕事の厳しさを描いたスライドを作った。このプレゼンテーションが3月に社外に流出。ささやかな反乱から始まった炎上に、事実上全ての銀行が反応せざるを得なくなった。

  1980年代、例えばマイケル・ミルケン氏がいたドレクセル・バーナム・ランバートだったら考えられなかった展開だ。モルガン・スタンレー元最高経営責任者(CEO)のジョン・マック氏は「ミルケン氏なら彼らを辞めさせただろう」と述べた。同時に、今は当時とは違うことも認識し、「声を上げたのは良いことだ。自分たちの立場を主張しなければいけない」と理解を示した。

Base Pay for Junior Bankers

*Previous base pay unavailable for Evercore.

Data: Bloomberg reporting

  ただ、一連の昇給は新人に対してより優しい時代の始まりを意味するのだろうか。生き馬の目を抜く業界が突然、ワークライフバランスに配慮してくれるのだろうか。それは行員自らが週休2日をどの程度強く求めるかにかかってくる。

  リーダーたちは以前にも、若手の仕事を減らすことや、少なくとも土曜日は休めるようにすることを約束したことがあるが、次のM&A(企業の合併・買収)ブームがやってくるとすぐに後戻りした。結局のところ、過酷なシステムが歴史専攻の新卒者を数十億ドルの案件をまとめるディールメーカーに育て上げ得ることは証明済みだ。

  ゴールドマンの前CEO、ロイド・ブランクファイン氏は「私は最初の職場で受けたトレーニングに金を払ってもよかったくらいだ」と言う。「ありがたいことに払わなくて済んだが」、1970年代半ばに働き始めたころ「ワークライフバランスなどというものは私の重要な関心事ではなかった」と振り返った。

  銀行業界の最高幹部には今も、社用ジェットと法外な報酬は、クレイジーな働き方をし家族との時間を犠牲にしたことへの正当なご褒美だと考えている人が多い。

  「プロジェクトのために週末いっしょに働くと強い仲間意識が生じる」とマック氏は話す。同氏が1960年代に働き始めた時の報酬は8500ドル(現在の価値で6万6000ドル程度)の基本給と10%のボーナスだった。若手バンカーたちは「悪態を付き、悲鳴を上げ、不平をもらしたが、仲間意識が生まれる経験を楽しんでいた。昔ながらのやり方が常にベストなわけではないが、機能することは証明されている」と語った。

  ゴールドマンから流出したプレゼンテーションは業界中で反響を呼んだ。どの投資銀行の行員も思い当たることばかりだったからだ。新型コロナ禍の中で誰もがかつてないほど忙しいと同時に、仕事のあり方は異例尽くしだ。各行は最初、どう対応すべきか迷ったが、すぐに若手の苦労に共感する発言が出始め、無料のエクササイズバイク、一時ボーナス、そして昇給へと続いた。

  ゴールドマンが8月にとうとう若手の昇給を決めた時、初任給を11万ドルに設定することでライバルに差を付けようとした。11万ドルは最終的な数字ではなく、むしろメッセージだ。本質的に、パフォーマンスに見合った報酬を支払うというのがゴールドマンの方針であり、報酬はボーナスの額が決まるまでは確定しないからだ。

  しかし、ゴールドマンが基本給で業界一の地位を維持したのはわずか1週間で、ブティック助言会社のエバコアが12万ドルでトップの座を奪った。昇給は人材確保を巡る銀行の危機感を測る一つの目安だが、少なくともグッゲンハイムパートナーズバンク・オブ・アメリカ(BofA)の2社が、獲得競争が始まってから2回、基本給を引き上げた。

  昨年までゴールドマンのジュニアランクの行員だったアダム・コッタリル氏は、同行が選んだ解決法が仕事を減らすことではなく給料を増やすことだったのには驚かないと話す。「若手バンカーの生活を変えることの難しさは分かっている」と述べた。とんでもない時間働くためにヘッドホンで大きな音を流したり、昼間にトイレの個室で仮眠をとったりする生活にはたくさんの悪影響があったという。同氏は結局ゴールドマンから別の金融機関に移り、それも辞めて今はブロガーになっている。

  ウォール街が優れた才能の対価として提供できる主なものはより多くの賃金であるのは自明と思われるが、てんびんの一方の皿には常にステータスと生涯キャリアというものものっていた。ただ、かつては一直線に金融業界を目指したかもしれない野心にあふれた若者は今、シリコンバレーも検討する。起業はさらに魅力的だ。

  ウォール街は「25年か30年前に恐らく見なされていたほどには魅力的と思われていないのだろう」と、パイパー・サンドラーのベテランバンカー、ジミー・ダン氏は語る。「誰もが発明者、創造者、ボスになりたいと思っている。2人の若者が創造的破壊につながるようなビジネスでディールを発表しているのを見ると、ほとんどの人は『あれよりも3年間アナリストとして働く方がいいのか』と自問するだろう」と同氏は話した。

  ゴールドマンを12年間率いて銀行業界のブームと破裂、そして回復を経験したブランクファイン氏は、若手バンカーたちは永久に自分たちが優位だとは思わない方がいいと警鐘を鳴らす。「人材にも市場があり、市場にはサイクルがある。現在の売り手市場で採用された若手が冷静な物の見方を失わないといいと思う」とし、「サイクルが次の局面へ進み、雇用がそれほど安全だと感じられなくなる日はほぼ確実にやってくる。そうなった時、古手の幹部は新参者に思い知らせるのにやぶさかでないだろう」と述べた。

(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)

原題:Wall Street Brings Out the Money Cannon to Lure Junior Bankers(抜粋)

 

 

 

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