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コロナ禍の五輪に威信賭ける日本、後戻り困難に-開幕まで50日切る

  • 政府にとって五輪開催は政治的ギャンブル、医療はひっ迫
  • 五輪中止なら経済損失は約1兆8000億円-野村総研・木内氏試算

7月23日の開幕まで50日を切った東京五輪。もう後戻りできないところまで来つつあるが、大会の開催と成否を左右する新型コロナウイルス感染症を巡る不安は払しょくされていない。

  日本政府と東京都、国際オリンピック委員会(IOC)、主要なステークホールダーは、五輪に政治的な威信を賭け、巨額のマネーを投じている。開催なら世界の人々を元気づけ、経済・社会の正常化に向けてどのように動き始めるのかを示し得るものの、最悪の場合、感染が拡大し、不安定な日本経済に追い打ちをかける「スーパースプレッダー・イベント」となり、五輪のイメージが傷つく恐れがある。

Olympic Facilities As Organizers Mull Limiting Venues to 50% Full

五輪モニュメント(東京・台場)

  1年延期が決まった2020年3月以降、五輪を巡る議論は混迷している。当初は今夏までにパンデミック(世界的大流行)収束が期待されたが、ワクチン接種が始まっても新規感染者数の抑え込みに手間取る状況だ。感染リスクが解消されるまで規制継続を望む人がいる一方、中止による経済的損失や信用低下などの悪影響を重視する人もおり、東京五輪は分断の象徴となった。

  東京五輪は無事に開催されるのか、結局は中止に追い込まれるのか。日本の政治・経済、医療関係者、アスリートなど、それぞれの論点を整理する。

経済

  野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストの試算によると、五輪中止の場合の経済損失は約1兆8000億円。ただ、副次的な影響で損失はさらに膨らむ可能性もある。五輪の参加者や関係者、国内居住者の消費が消えるだけでなく、消費や投資を抑え込んでいた国内のムードがさらに悪化しかねない。期待していた海外からの観客は既に受け入れを断念している。  

  ブルームバーグ・エコノミクスの増島雄樹シニアエコノミストは、感染状況が悪化して五輪が中止となり、経済活動への制限が続くという「最悪のシナリオ」になった場合、経済成長率は1.7ポイント下押され、想定していた今年の成長率の大半がかき消されると分析した。

  さらにひどいのは、五輪開催が感染拡大につながるスーパースプレッダー・イベントとなった場合だ。こうした見方は木内氏のメインシナリオではないものの、開催をきっかけに感染が拡大して緊急事態の状況を余儀なくされる場合、経済損失は中止よりも大きくなると予想した。 

  一方、五輪の成功は収益を生むとともに消費を刺激し、企業や家計のマインドの改善につながり得る。理想的なケースとしては、緊急事態の状況下で縮小する経済から、景気回復へと転換を後押しすることだ。ワクチン接種が加速すればさらに追い風となるだろう。アスリートが競い合う姿が世界中に放送されれば明るいメッセージとなり、世界的にもっと大きな効果があるかもしれない。

政治

  国民の間では中止・延期論が根強い。ソフトバンクグループの孫正義社長ら経営者からも懸念する声が相次いだ。朝日新聞が5月に行った世論調査では、内閣支持率は33%と昨年9月の政権発足以降で最低水準に落ち込んでおり、菅義偉首相は大会の成功にイチかバチかの賭けに出ているかのようだ。

  自民党総裁としての任期が9月末に迫っており、10月までには衆院の解散・総選挙も行われる。次の衆院選で野党への政権交代が実現する可能性は低いが、五輪が新たな感染拡大につながれば首相は退陣に追い込まれるかもしれない。来年には参院選も控えている。

Japan Prime Minister Yoshihide Suga Announces State of Emergency

菅義偉首相

  五輪が成功裏に終わったとしても、内閣支持率を押し上げるかどうか疑わしい。開催国では一たび聖火に灯がともれば国民は競技に熱狂するものだが、ワクチン接種の遅れに不満が広がっている日本の場合、そう簡単に気分を変えられないかもしれない。

  そもそも五輪自体が開催国の政権浮揚につながるとは限らない。12年のロンドン五輪後の調査によると、当時のキャメロン英首相への支持率は特段上昇しなかった。対照的にロンドン市長だったジョンソン氏は次の首相候補の一人として浮上した。

医療関係者

  日本の医療関係者は、東京五輪・パラリンピックに世界200カ国から7万8000人の大会関係者が集まることにますます緊張感を高めている。

  大会組織委員会は当初、約1万人の医師、看護師、医療スタッフを確保する計画だったが、国内におけるコロナ感染の再拡大を受けて約7000人に減らすことを迫られた。それでも組織委の橋本聖子会長によれば、まだ削減後の目標の8割しか確保のめどが立っていない。当初の計画から見れば半分程度だ。

  47都道府県の看護師ら17万人が加入する日本医療労働組合連合会の森田進書記長は、「患者と看護師の命や健康を犠牲にしてまで五輪開催に固執することに強い憤りを感じる」とする談話を4月に発表した。

  アスリートや大会関係者、観客のための十分な医療サポート体制を確保できなければ、既に決定している海外からだけでなく、国内からの観客受け入れも断念せざるを得なくなり、アスリートは観客のいないスタジアムで競技に臨むことになる。

メディア

  14年から20年までの米国での五輪放映権獲得に44億ドル(約4800億円)を投じたケーブルテレビ(CATV)運営会社コムキャスト傘下のNBCユニバーサルは開幕に向け準備を進める。

  五輪は世界30億人余りがテレビで観戦する。もっとも、視聴率は近年低下しているため、昨年の五輪延期によるペントアップ需要(繰り越し需要)が視聴者の増加につながることをNBC幹部は期待する。21年から32年までの五輪放映権も77億5000万ドルで合意済みのNBCにとって、東京五輪は追い風となろう。NBCは16年のリオデジャネイロ大会で2億5000万ドルの利益を上げている。

Olympic Torch Relay In Niigata - Day Two

五輪聖火リレー(新潟、6月5日)

  東京五輪が再延期または中止となった場合の業績への影響は不透明だ。NBCは昨年3月、東京五輪向け広告枠の販売が過去最高の12億5000万ドルに達したと発表したが、その後、契約がどうなったのかは明らかにしていない。広告主の一部は昨年夏に広告費をNBCの他の番組に振り替えた可能性がある一方、返金を請求したケースもあったかもしれない。

  欧州での五輪放映権を持つディスカバリーも、新たなサービス「ディスカバリープラス」の販売促進で東京大会に期待を寄せる。

  ただ、五輪が中止となっても両社は保険で守られている。コムキャストのブライアン・ロバーツ最高経営責任者(CEO)は昨年、五輪延期が決まる前に、「開催されなくても損失は出ないはずだ」と説明した。ただ、開催されなければ利益は出ないとも語っていた。

保険

  五輪中止で最も大きな影響を受けるところの一つが保険会社だ。メディアのほか、各国・地域のチーム、スポンサー、五輪に期待する数多くの企業や組織の保険を引き受けている。東京大会が中止された場合に保険会社が負担するコストは20億-30億ドルと試算されているが、前期赤字の保険業界にとってさらなる打撃となる。

  スイス再保険は昨年3月時点で、東京五輪は同社にとって最もリスクが大きい契約であり、中止の場合は2億5000万ドルの損失が発生する可能性があるとの見通しを示していた。先週の時点でも試算に変わりはないという。

  独ミュンヘン再保険は、東京大会が中止になった場合は「影響を受ける」可能性があることを認めたものの、詳細は明らかにしなかった。米エーオンは、中止の場合の影響についてコメントを控えた。

  もっとも、ブルームバーグ・インテリジェンス(BI)のアナリスト、チャールズ・グラム氏は、東京五輪が中止されれば「単一の契約として最大の損失をもたらす可能性がある」としながらも、保険会社の業績予想から大きく外れることはないとの見方を示した。

アスリート

Olympic Operational Test Event For Track & Field Competition

東京五輪テスト大会(国立競技場、5月9日)

  五輪ではアスリートが30余りの競技に参加する。4年に1回の五輪はアスリートにとって最も重要なイベント。各競技の頂点に立つことで得られる名誉もさることながら、報酬やスポンサー契約、プロとしてのキャリアを決定し得るからだ。

  アーチェリー米国代表のブレイディ・エリソン選手(32)は、「五輪は非常に特別なものだ」と言う。前回のリオ五輪では銀と銅のメダルを獲得したエリソン選手は、今大会で金メダルを目指している。「五輪に備えて練習をしていると、人生が4年単位で進んでいるかのようだ」。

  最高の状態で20年7月の東京五輪を迎えられるよう調整を進めてきたアスリートだが、開催延期で多くはさらなる苦労とストレス、出費を強いられた。フィリピン代表としてリオ五輪女子重量挙げで銀メダルを獲得したヒディリン・ディアス選手(30)のトレーニング先はマレーシアで、家族とは7カ月余り会っていない。ディアス選手は「母や家庭料理が恋しい」と言う。

  東京大会が中止となれば、これを最後に引退を考えていた選手は五輪でのメダル獲得の夢がついえる。24年のパリ大会を目指す選手は再びトレーニングに戻ることになるが、期間は4年ではなく3年だ。

原題:
Despite Danger and Cost, Japan Gambles on Successful Olympics(抜粋)

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