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【インサイト】米中分断で笑う中国、地域貿易協定でアジアに機会あり

アジアの目覚ましい成長は、貿易によってけん引されてきた。中国経済と米国経済のデカップリング(分断)は、アジア域内に張り巡らされたハイテク製品のサプライチェーン(供給網)にとって大きな脅威だ。しかし、機会もある。

  東アジア地域包括的経済連携(RCEP)は、中国、日本、韓国、その他の加盟国間の貿易障壁の削減を約束している。また、日本とベトナムを含む11の経済圏を結ぶ環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)は、米国をこの地域の貿易に再統合するための手段で完全に無くなった訳ではない。

  ブルームバーグ・エコノミクスでは、RCEPが締結に至らず、米国が2017年に決定した 環太平洋連携協定(TPP) 脱退の方針を堅持したままの最悪のケースから、RCEPが締結され米国がTPPに復帰するという最良のケースまで、4つのシナリオを想定した。

  われわれは、関税引き下げによる直接的な貿易額増加の影響に加え、特許技術申請数で測った知的財産のストックと技術移転による生産性向上への影響を考慮し、各シナリオの下での30年までの米国とアジアの主要経済の国内総生産(GDP)への影響をモデル推計した。

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出所:ブルームバーグ・エコノミクス

主なポイント

  • アジア域内の貿易に最大の影響を与えるのはTPPに関する米国の決定だ。知的財産・技術の蓄積に優れる米国を質の高い貿易協定であるTPPに参加させることは、米国からの高度技術の移転・波及により、他の加盟国の生産性を早く高めることになる上、最大の市場である米国へのアクセスを通じて貿易振興による成長を加速する
  • RCEPの締結は参加者に大きな利益をもたらすが、財・サービス貿易にかかる関税や国境を越えた投資がより高い水準で規定されたTPPの拡大は技術移転により大きな影響を与える
  • RCEPが成功し、米国がTPPに参加するという最良のシナリオでは、米国と中国はベースラインと比較して0.3%ポイントの全要素生産性(TFP)向上の恩恵を受けることになる。ベトナムはさらに技術移転から恩恵を受け、同生産性は0.6ポイント上昇する
  • 最悪のシナリオ(RCEPが失敗し、米国がTPPから離脱したままの場合)では、日本の生産性は0.2%ポイント低下、中国、韓国、ベトナムでは0.1ポイント低下する

米中の分断と2つの自由貿易協定の背景

  米国の対中政策は、中国経済の拡大とともに中国封じ込めの方向にシフトしている。トランプ大統領による極端な中国封じ込め政策から、バイデン氏が米中関係の安定を少なくとも部分的に回復させたとしても、米中経済のデカップリング(分断)が続けば30年時点で中国の潜在GDP成長率は4.5%から3.5%まで低下するとブルームバーグ・エコノミクスでは試算する。

  一方、米国も無傷ではいられない。同時点で1.6%から1.4%に低下する。もし、米国が日本やドイツ、英国といった同盟国と中国との分断に成功すれば、同時点での中国の成長率は1.6%まで低下し、危機的な状況となる。従って、中国としては米大統領選の結果に関わらず、米同盟国との関係を維持することを重視する必要があり、その手段の一つがRCEPと言える。

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出所:ブルームバーグ・エコノミクス

  TPPは05年にブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポールの間で小さな地域貿易協定として始まり、日本とベトナムを含む11カ国をカバーするCPTPPに拡大した。多国間貿易のメリットに対する懐疑論の高まりを反映して、米トランプ大統領は17年に米国を同協定から離脱させた。

  今回の米大統領選の結果、米国による過度な保護主義や多国間自由貿易協定に後ろ向きな姿勢が大幅に国際協調の方向に修正されれば、日本を中心としたアジア経済の押し上げ効果も大きい。ただ、民主党はTPP批准に必ずしも前向きではないため、仮にバイデン氏が次期大統領に就任しても、米国のTPP参加の可能性は高くない。

  一方、TPPに参加していない中国と韓国は、日本を含む他の13の経済圏と協力してRCEPの創設に取り組み、年内の合意を目指している。この貿易ブロックが成功すれば、アジアと米国の間に大きなくさびを打ち込まれ、米国の保護主義の悪影響がある程度緩和される。こうして中国主導により年内の署名を目指すRCEPによって、米国のアジア経済からの分断化がやや進むのが現状で最も有力なシナリオだ。

  このシナリオは日本にとって最も望ましいものではないが、RCEPの日本経済への押し上げ効果は大きい。菅政権としては両国間のバランスを取りつつ、多国間での取り組みを拡大するのが最善手と言えそうだ。

モデルによるシナリオ分析

  われわれのモデルでは、各国は特許申請数で推計される知的財産・技術のストックを持っている。こうした知的財産・技術はハイテク製品の貿易を通じて一部が他国と共有され、輸入国の生産性の向上につながる。関税を下げることでハイテク貿易が促進され、その結果、知識と技術の移転が増え、生産性の成長が促進される。

  もし、膨大な知的財産・技術のストックを持つ米国がTPPに加盟すれば、貿易障壁が大幅に下がることで、対米輸出の増加によるGDPの拡大と対米輸入による技術移転で他の加盟国にも大きな利益がもたらされるだろう。一方、知的財産のストックが限られており労働コストが相対的に低いベトナムがRCEPに加盟した場合、他国の利益はより限定的になるだろう。

  ブルームバーグ・エコノミクスは、RCEPとTPPに関する4つのシナリオを分析した。以下の結果は、最も可能性の高いシナリオから最も可能性の低いシナリオと想定される順に並んでいる。

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出所:ブルームバーグ・エコノミクス

ベースライン・シナリオ(RCEP締結、米国はTPPからの離脱を堅持)

  中国は新たな貿易圏の形成により地域貿易を拡大し、日本と韓国からの技術移転を促進することで利益を得る。その結果、日本と韓国はアジア最大の経済大国との貿易を拡大することで利益を得ることになる。アジア貿易における中国の役割が大きくなり、米国を排除したTPPは米国のアジアとの経済関係を継続的に侵食することになる。

シナリオ2(RCEP不締結、米国はTPPからの離脱を堅持)

  最悪のシナリオである。既存の貿易障壁がそのまま残り、自由化による潜在的な利益は失われる。これは中国やその他のアジア諸国にとって大きな機会を逃し、長期的には成長の見通しが損なわれることになる。韓国が最大の損失を被り、ベトナムと日本がそれに続いている。

  RCEPがなければ、韓国はGDPを大きく押し上げる対中貿易黒字の一部を逃す可能性があり、日本はアジアの高度に発達したサプライチェーンからの恩恵を失う可能性がある。一方、米国はRCEPの失敗によりアジア経済が米国との関係をより重視するようになり、わずかではあるがネットでプラスとなる。

シナリオ3(RCEP不締結、米国はTPPに参加)

  このシナリオでは、アメリカがアジアと再提携し、日本とさらにはベトナムに大きな成長の機会を与える。しかし、RCEPの失敗は中国との貿易機会を失うことを意味する。現在TPPに参加していない韓国は、やはり損失が大きくなる。米国はアジア地域との統合が進むことで利益を得る。

シナリオ4(RCEP締結、米国はTPPに参加、米中の緊張は緩和)

  これは貿易障壁が最も低くなる上振れシナリオだ。米中の緊張が小さくなることで、両国の総貿易量を10%程度押し上げると想定している。ただ、最も可能性が低いシナリオでもある。

  アジアとの貿易の自由化進捗(しんちょく)と中国との緊張緩和から、米国経済にとって最良の結果となる。ベトナムはアジアの他の地域や米国との貿易・技術移転の機会を利用し、最も大きな利益を得る。韓国はTPPに属しておらず、ベースライン・シナリオではRCEPが進行することになっているため、効果は中立だ。

国内の知的財産の蓄積

  国内の知的財産・技術の蓄積は、1870年以降の各国国内特許出願データを用いて算出されている。知的財産ストックには、毎年の新規特許出願が追加され、既存のストックは技術の陳腐化で5%償却されるとの前提を置いている。新興国では先進国と比べて国内で申請される特許の質が往々にして低いため、ブルームバーグ・エコノミクスで算出した技術革新指数で、質の調整を行っている。

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出所:世界知的所有権機関(WIPO)、ブルームバーグ・エコノミクス

  • 日本は過去40年間、知的財産・技術ストックの蓄積をリードしてきたが、直近の10年間は蓄積のペースが鈍化しており、TFPの成長の足を引っ張っている
  • 米国の技術蓄積は着実に増加しており、近年加速している
  • 韓国は2000年代に躍進しているものの、14年に中国に抜かれた
  • 中国は「中国製造2025」計画の下、国内の研究開発資金を増やすことで、ハイテク技術の蓄積を進めている

貿易による技術移転

  蓄積された国内の技術は、ハイテク貿易を通じて他国に移転される。

  • 中国の米国からのハイテク製品の輸入の依存度は低下している
  • 中国は18年にハイテク製品の輸入の10.8%を米国から調達しており、2000年の16.8%から減少した。日本からのシェアも減少し、同期間の22.8%から11.8%に低下した
  • 一方で、中国のハイテク製品輸入の韓国への依存度は増しており、韓国からのシェアは6.6%から20.2%に上昇している
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出所:ブルームバーグ・エコノミクス、BACI貿易データベース

  • これらから言えるのは、中国は20年前に比べ、米国の技術分断に対する耐性が高まっているということだ。ただ、ハイテク製品の貿易は国内の技術蓄積よりも生産性の向上に大きな影響を与える。その理由は、汎用(はんよう)技術のキャッチアップによって新興国経済の方が技術蓄積が早く、より広い範囲の技術にアクセスできることで応用技術の可能性が広がるためだ
  • われわれのモデルによれば、技術移転が1%増加するとTFPは0.8%ポイント増加するが、国内の技術蓄積の1%増加の場合は、TFPの増加は0.5%ポイントにとどまる
  • 「中国製造2025」計画の一環として、またコロナ対応としてバイオ製薬と医療機器の分野で力をつけようとする中国の野心を考えてみよう。現在、これらの分野では米国が優位に立っている。中国は、独自開発で特許を申請するよりも、これらの分野の技術を米国から輸入する方が、TFPの成長をより早く後押しする可能性が高い
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出所:ブルームバーグ・エコノミクス、世界知的所有権機関(WIPO)、経済産業省

自由貿易協定で関税引き下げ、関税削減で経済見通し高める

  地域貿易協定は関税を引き下げ、より効率的なサプライチェーンの構築を可能にすることで技術移転を促進し、生産性を向上させる。

  • 日本は貿易協定を結ぶことで大きな利益を得ることができる。ブランダイス大学のピーター・ペトリ教授らの研究によると、CPTPPは30年までに同協定がない場合と比較して、日本の実質国民所得を0.9%増加させる可能性がある
  • RCEP協定はアジアの成長を高めるかもしれないが、技術移転、サービス貿易、投資への影響はTPPと比較して低い。さらに、恐らく中国にとって不利な結果を避けるため、環境、労働、国有企業、国家と投資家の間の紛争解決(ISDS)に関する規定は限定的だ
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出所:Computed by Kazunobu Hayakawa (IDE-JETRO) using the WITS 

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