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狙い撃ちから一律給付へ、首相が方向転換-インパクト重視の見方

更新日時
  • 5月には給付する方向、消費喚起する観点はあまりない-麻生財務相
  • 予算規模は従来の3倍の12兆~13兆円、2年続けば100兆円との指摘
安倍晋三首相

安倍晋三首相

Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う政府の緊急経済対策で実施予定の国民への現金給付について、安倍晋三首相は減収による生活困窮世帯への30万円支給から、全国民に一律10万円を支給する方向に急転換した。エコノミストらからは、給付による効果よりもインパクトを重視したとの見方が出ている。

  安倍首相は16日夜の対策本部会合で、緊急事態宣言の対象地域を全都道府県に拡大すると表明し、行動が制限される全国民に一律10万円を給付する方向での再検討を与党に要請したことを明らかにした。公明党の山口那津男代表が、所得条件のある30万円給付は地方自治体に事務負担を強いる可能性もあるなどとし、2020年度補正予算案を組み替えて一律10万円給付に変更するよう首相に強く求めていた

  麻生太郎財務相は17日の閣議後会見で、「緊急事態宣言で影響を受ける人たちの迷惑を考えて一律10万円という話になった」とし、「これによって消費を喚起する観点はあまりない」と説明。また09年の定額給付とは異なり、「今回は手を挙げていただいた方に一人10万円になるので反応は違うと思う」とした上で、「スピードを持ってやるのが一番大事」とし、5月には給付する方向だと述べた。

緊急事態宣言の全都道府県への拡大と10万円給付に関する記事はこちらをご覧ください

  野村証券の桑原真樹シニアエコノミストは、首相の方向転換について「さらなる需要悪化を防ぐ効果は全体の金額が増える分、大きくなる」とみる一方、「効率的なお金の使い方とインパクトをてんびんにかけて、もともとは効率性を重視したけど、今はインパクトを重視する傾向が強くなっている」と指摘。外出自粛中の現金給付は消費の盛り上げ効果には乏しく、「インパクト狙いだ」と述べた。

  政府は全世帯の4分の1程度の生活困窮世帯を対象とした現金給付の経費として、約4兆円を補正予算案に計上。対象については、2-6月の世帯主の月間収入の減少で住民税非課税水準となる世帯や、月間収入が半減して同水準の2倍以下となる世帯に絞っていた。

ブルームバーグ・エコノミクスの増島雄樹シニアエコノミスト
「国民や与党の声に押されたというのが実情だろう。スピード重視なら最初からこの案が出ていたはずだ。財政の効果的な使い方という点では、生活困窮世帯への30万円給付の方が、その約7割が消費に回ると予想されることから明らかに優れている。一律給付では2割程度に過ぎない。今回の判断で安倍首相はスピードと効果の両方を失いそうだ」

  日本大学の岩井奉信教授(政治学)は、「予算案組み替えは異例だが、30万円給付を撤回する方が評判が良くなると思ったんだろう」と述べた。ただ、「戦略的展開ではない。政権末期的なあまりガバナンスが効かない状況の中で、余計混迷した」と述べ、安倍政権にとって大きな失点であることは間違いないとの見方を示した。

米国は低中所得層に給付

  米国では既に低中所得層への現金給付が始まっている。納税者番号と銀行口座をひも付けているため、所得条件に合致する人には自動的に1200ドルが振り込まれる。一方、日本では社会保障と税番号制度に用いられるマイナンバーカード(個人番号カード)の普及率は8.4%と低い上に、銀行口座とも連携しておらず、30万円給付の条件に合致するかどうかを確認する事務負担が申請窓口の自治体に生じるとして懸念する声が出ていた。

米上院、220兆円規模の景気刺激法案可決-新型コロナ対策

  大和総研の神田慶司シニアエコノミストは、行政サービスのデータ化を進めてこなかったツケが危機時に出たとみる。一律10万円に変更すると当初案の3倍となる12兆-13兆円の財源が必要で、「終息が見えなければもう一回配れとなる」と指摘。仮に感染収束まで2年かかり、四半期に1回の給付となった場合の総額は100兆円に上るとの試算を示した。

  米ハーバード大学の研究チームは14日、世界的流行を抑制するため人との接触を減らす外出規制などの措置を22年まで断続的に続ける必要があるとする論文を科学誌サイエンスに発表した。一斉に解除すると流行のピークを遅らせ、さらに深刻化させる可能性があると予測。治療薬やワクチンの開発により、この期間は短縮できるとしている。

  神田氏は「生活保障を第一に考え、支えるべき人に手厚く給付しましょうという話だったのが、今や関係なく配り、唯一のメリットであるスピードも大して改善されない。何のためにやっているのか理解しにくい」と語った。

過去の教訓

  安倍首相は16日昼、麻生財務相との面談後、二階俊博幹事長や岸田文雄政調会長ら与党幹部に補正予算案の見直しについて党内調整を指示した。菅義偉官房長官は17日の記者会見で、「可能な限り速やかに給付する必要がある」と述べ、同日の与党の議論を踏まえ、制度設計の具体化を進めるとの方針を示した。

  一律の現金給付は、日本ではリーマンショック後の経済対策として、09年に1人当たり1万2000円から2万円の定額給付金を配った例がある。内閣府によると、当時の定額給付金の消費増加効果は受給額の25%だった。当時首相だった麻生財務相は、給付額の多くが貯蓄に回って消費拡大には寄与しなかったとし、一律の現金給付に反対してきた。

過去の危機から学ぶ、現金給付は一律から狙い撃ちへ-制度設計に課題も

高まる国債増発圧力

  全国民1億2600万人に10万円を給付すると総額12.6兆円。補正予算案の組み替えに伴い、当初の財源4兆円を差し引いた8.6兆円の財源不足が生じる。市場関係者は、追加の国債発行のほか、コロナ対策の予備費に計上した1.5兆円の流用も想定している。

他の市場関係者の見方(リポート)

大和証券の谷栄一郎チーフストラテジスト

  • 新たに約8兆円の増発が必要という規模感は、コロナショックが国家財政に与える影響の大きさを改めて印象付ける
  • いよいよ利付国債の増発圧力も高まる、イールドカーブにスティープ化圧力が高まっている背景にこうした事情があることはほぼ間違いない

バークレイズ証券の海老原慎司ディレクター

  • 国債のさらなる市中増発が避けられない事態になっても、その大半を日銀が買い入れの増額を通じて吸収する構図は続く
  • 金融政策の役割は金利の上昇によって財政が発散に向かうリスクを抑えることに主眼が置かれている

SMBC日興証券の森田長太郎チーフ金利ストラテジスト

  • 今回の異常事態を見るにつけ、さらに追加で二次補正編成の話しが浮上する可能性も否定はできない
  • これが5、6月にもということになった場合には、結局、7月からの入札増額直前の6月時点で発行計画を再度見直すという事態もないとは言えない
(麻生財務相や識者のコメントなどを追加して更新しました)
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