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ラグビーW杯に沸く釜石、祭りの後の生き残り目指す-震災8年

更新日時
  • 津波被害の小中学校跡地にスタジアム新設、復興のシンボルに
  • 「ラグビーファンが楽しんでくれる空間作る」-旅館経営・岩崎さん
東日本大震災から8年

東日本大震災から8年。岩手県釜石市は被災地で唯一、9月から日本で初めて開かれるラグビーワールドカップ(W杯)の開催地となる。仮設住宅が残る街に造られた真新しいスタジアム。世界に復興した姿を発信するシンボルとなるが、震災前から続く人口減少や過疎化という根本的な課題は残り、地域の存続に向けた模索が続く。

  新日本製鉄釜石製鉄所ラグビー部が1979年から85年にかけて日本選手権7連覇を達成し、ラグビーの町として知られる。W杯では9、10月に計2試合を開催。津波被害を受けた小中学校の跡地に新設した「釜石鵜住居復興スタジアム」の観客席は常設6000席、大会用に仮設で1万席を設ける。震災復興を進める中でなるべく建設費を抑えたW杯史上最も小さなスタジアムだ。

Tsunami Struck Town To Host Rugy World Cup Games

復興スタジアムに立つ釜石シーウェイブス・桜庭吉彦監督

Photographer: Shiho Fukada/Bloomberg

  日本大会のアンバサダーを務める地元チーム・釜石シーウェイブスの監督、桜庭吉彦氏は「被災した人の中からもW杯を通して復興に弾みをつけたい、目標を持って取り組みたいという思いがあった」と誘致に動いた被災地の思いを語る。  
    
  巨大津波に襲われた釜石市では死者・行方不明者が1000人を超え、住宅の約3割、事業所の約6割が被災したが、今はW杯に向けたインフラ整備が進む。9日に沿岸部と内陸を結ぶ復興支援道路・釜石道が全線開通。23日には津波被害で不通が続いていた沿岸を結ぶ三陸鉄道・リアス線の運行が始まる。日本政策投資銀行東北支店などは、スタジアム建設費を含めW杯によって岩手県全体に83億2000万円の経済波及効果があると試算している。

  釜石市オープンシティ推進室の石井重成室長は、復興の過程でW杯が「大きなシンボル」となり、インバウンド対応など「これまでなかった取り組みが生まれている」と強調。W杯をきっかけに来訪者の受け入れ体制を整えることで、観光を通じた復興を進める方針だ。

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災害復興公営住宅など再整備が進む釜石市

Photographer: Shiho Fukada/Bloomberg

  石井氏は、被災状況を学ぶツアーをはじめ「何もしなくてもいろいろな人が来てくれた状況は終わっている」と話す。復興に携わりたいと釜石市に来た人々も震災から5年を境に引き上げるケースが目立ったという。今後は被災地が「より人々の関心を作ることに注力する」ことが必要だと考えている。

人口減少と復興 

  釜石市の人口は60年代のピーク時には人口9万人を超えていたが、製鉄所の生産縮小とともに減少し、震災前の10年には約4万人だった。14年に日本創生会議が発表したリポートで、20-39歳の女性の人口が減少し将来存続が危ぶまれる「消滅可能性都市」に該当すると指摘された。現在の人口は3万3787人(1月末現在)で、震災後に5000人超も減った。

  国は震災後10年を「復興期間」として32兆円の復興予算を投入するが、被災地の産業再生は進まない。日本商工会議所が先月まとめた要望書では、国などの支援により工場を新増設した企業が売り上げ減少・資金回収難に直面していることや、復興特需がピークを過ぎたことで被災地の経済循環が滞っていると問題視。個別の企業努力では解決が難しいケースも多く、国や地方自治体による柔軟な支援を求めている。

  安倍晋三首相は11日、都内での震災追悼式で「震災による大きな犠牲の下に得られた貴重な教訓を決して風化させてはならない」と指摘、「今後、ハードからソフトに至るまであらゆる分野において3年間集中で、災害に強い国づくり、国土強靱(きょうじん)化を進めていく」との決意を表明した。

  震災前は中小商店が並んだ釜石市大町地区でも、空き地や駐車場が目立つ。同地区で規模を縮小して美容院を再建した石田初江さんは「戻ってきたお客さんは半分ちょっと」と話す。土地のかさ上げ工事などに時間がかかり、「諦めて釜石から出て行った人も結構いる」という。

  石田さんは、被災に加え、以前から続く高齢化もあり「商売が難しく、なかなか元のようには戻れない」と語る。それでも商店街に戻った店舗は「みな一生懸命やっている」ものの、「どこまで頑張れるか」という不安もある。

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美容院を再建した石田初江さんと夫の正人さん

Photographer: Shiho Fukada/Bloomberg

  みずほ総研の岡田豊主任研究員は、人口減少局面にある地域が被災した場合、「ただ復旧するだけでは、たとえ寸分たがわず元の街を作ったとしてもまた衰退して行くだけだ」と警鐘を鳴らす。住宅や道路、鉄道などインフラの復旧だけでなく、特に若い女性が働けるような仕事が起こらなければ「街として活気が出ない」と指摘。一定の人口集積も必要で、同じ都市圏の複数の自治体が一緒に復興計画を作り機能を集約化することも必要だとした。

  政府はラグビーW杯に続く20年の東京五輪・パラリンピックを「復興五輪」と位置付け、東北の聖火リレーや一部競技を東北の被災地で行う。「消滅可能性都市」と指摘され、人口減に直面している被災地は釜石市に限らない。

九死に一生から再建へ

  釜石市の海沿いに建つ旅館、宝来館。おかみの岩崎昭子さんはラグビーW杯誘致にも関わってきた。W杯の際に訪れる人々と乾杯しようと、14年からは地元の食材と合うワインを作るためブドウの栽培も始めた。周辺でのサイクリングやトレッキングも計画中で「ラグビーファンが楽しんでくれる空間を作り、W杯開催地で一番楽しかったという場所作りをしたい」と意気込む。

  震災時は4階建ての2階部分まで津波が到達し、自らも波にのまれたが九死に一生を得た。当初は修繕費用調達のめどが立たず、被災当時25人いた従業員をいったんは解雇した。「皆が戻るためには早く再生しないといけない」と被災事業所への支援制度などを利用し再建にこぎつけたが、被災前の建物の支払いも終わっておらず「二重ローン」を抱えることになった。

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大漁旗で宿泊客を見送る宝来館のおかみ、岩崎昭子さん

Photographer: Shiho Fukada/Bloomberg

  大震災の夜に見た暗い海の光景が忘れないという岩崎さん。「あの寒い夜に本当は助けられる人がいたのかと思うと、命をもらった以上はやれることは全てやる」との決意で動いている。人口減に直面するふるさとの復興には、町全体で「本当に一から生きることを考え直さないといけない」と実感している。自らは災害に強い宿作りを目指し、裏山には、車いすでも逃げられる避難道を新たに整備した。

  被災地のおかみとして「出会った皆さんと一緒に考えながら宿を作り、生き残っていく」ことが岩崎さんの目標だ。今日も色鮮やかな大漁旗を振って宿泊客を見送り再訪を祈る。おかみの願いは未来に向かう。

(第9段落目に安倍首相の発言を追加して更新します.)
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