コンテンツにスキップする

「はんこ文化」にフィンテックの荒波-銀行で不要に、外国人には人気

更新日時
  • 三菱UFJは市町村を訪問し交渉、りそなは新規口座の8割印鑑レス
  • 中小企業などで根強い印鑑を重視する商習慣、代理認証の役割も

三菱UFJ銀行で高機能を備えた現金自動預払機(STM)の推進に携わる小倉誉之氏は、この2年間、10人ほどのチームメンバーと手分けして全国約470の市区町村を訪れた。顧客による税金や公共料金の支払いをこのSTMで扱えるようにするためだ。

  1月に開設した新型店舗「MUFGネクスト」は、顧客がタブレット端末やテレビ電話、将来的には仮想現実(VR)も駆使して各種手続きができる設計。しかし、市民税など自治体ごとに書式が違う納付書に「はんこ」を押す作業が機械にはできず、自動処理した用紙を市町村に受け付けてもらえるよう交渉する必要があった。

Inside the MUFG NEXT Store

新型店舗「MUFGネクスト」でのデモンストレーション

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  「一定の書式に対応する機械を作るのは簡単だが、書式が変わり印鑑がなくても支払いができる環境づくりに時間がかかった」と小倉氏は振り返る。書式が変わることに難色を示す自治体については、納付書を機械に入れるとアラームが鳴り、行員が手作業で出納印を押す対応をしてきた。今では約450自治体の納付書をSTMで扱える。

  印鑑を重視する文化は根強い。特に中小企業では社印や銀行印を多用しており、金融機関の取り組みだけでは効率化が進まないのも現状だ。都道府県や市町村は、公金の支払い事務を扱う銀行を「指定金融機関」と定め、窓口で公金を受け取り、所定書式に出納印を押すことを求めている。

  クレジットカード利用やネットバンキングへの移行も推進しているが、国税庁管轄下では指定金融機関を利用して支払いをする割合が全体の7割を占めている。

販売数は微減

  東京近郊の部品製造会社に勤める吉田美南さん(26)は毎月、銀行窓口で仕入れ部品の支払いをしている。申請書に経理部の認め印をもらい、社長の決裁が下りると会社の銀行印を持ち出せる。支払いの終わった銀行の振込用紙は購入部品の詳細と共にファイルにとじ、製造現場の職人たちがパソコンを開かなくても履歴を確認できるようにしている。

  吉田さんは、銀行での順番待ちも、印章押印も「すごく手間がかかる」が、同時に「金庫にある銀行印は限られた人しか使えず、不正防止になる」と感じている。特定の個人しか登録できない生体認証では「私が風邪をひいたときに、代理を頼めない」ため印鑑の代わりにはならないと語った。

  印章の販売数は過去30年、微減にとどまっている。全日本印章業協会によると、2018年度の印章売上高は約1700億円。少子化により実印の需要は減少傾向だが、社判など法人向けは横ばいだ。同協会の福島恵一副会長は、「根強い商習慣として、会社の公式書面には印鑑が欠かせないとの意識がある」と語る。会社設立時には代表者印を法務局に届け出る必要があり、社長交代時には新たな実印の需要が生じる。

Hanko Making

はんこを彫る「秀美堂印房」の持木さん

Photographer: Keith Bedford/Bloomberg

文化としての印章

  印章を扱う業界団体は昨年、議員らと連携して各省庁に印章制度継続を働き掛ける活動を始めた。政府が行政手続きのオンライン化を徹底する「デジタルファースト法案」を閣議決定したことを受け、経済困窮者や高齢者など通信技術を利用できない層のために印章制度を残し、デジタルデバイド(情報格差)に配慮すべきだと指摘している。

  活動団体の一つである全国印章政治連盟は、天皇が発する公文書に当たる勅書や詔書、外交文書である批准書や大使信任状など国家の重要な文書には押印があるほか、神社仏閣印や書画にも落款印として使われており、文化としても守る必要があると強調する。

Hanko Making

印章技術大競技会の受賞作品

Photographer: Keith Bedford/Bloomberg

  インバウンド増加に伴い、訪日外国人の間で印章の人気が高まっており、業界団体は、外国人の名前を漢字や片仮名で彫った印章の販売にも力を入れている。英語のパンフレットでは印章の使い方や歴史についても紹介しており、最近では外国人が署名欄に印鑑を押すケースも見られるという。

「かっこいい」と若年層

  金融機関の取り組みもあり、若年層が一般客として銀行印を使う頻度は減ってきている。りそなホールディングスは、03年から実施しているオペレーション改革で、顧客が窓口で「待たない」「押さない」「書かない」で済む「3ない」活動を進めてきた。昨年2月からグループ3銀行の600拠点で、新規口座開設に印鑑を登録しないことを原則としたところ、今年1月までの累計で新規開設分の8割が「印鑑レス」口座となった。

  りそなの広報担当者は、印鑑不要の取り組みは「想定外に高い年齢層にも好評だった」と述べた上で、若い層を中心に印鑑を持ち歩く機会は少なくなっており、利便性を求める動きは少しずつ加速するとの見方を示した。

  銀行での印章使用が「面倒だ」と考える会社員の白石知之さん(24)も普段は現金自動預払機(ATM)を使い、窓口を利用することはない。しかし、就職した時には「かっこいいから、持ってみたかった」との理由で凝ったデザインの実印を作った。今年結婚し、もうすぐ父親になるため、「家を買う時には、契約書に実印を押すのを楽しみにしている」と語った。

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中 LEARN MORE