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ゴーン被告が知る由もなかった転落への序章、側近が準備した筋書き

  • 内部調査のきっかけは日産が提供した住宅に対する側近の疑問
  • 世界を飛び回るゴーン元会長、逮捕へのシナリオ関知できず

昨年11月、日産自動車の西川広人社長(65)は在日フランス商工会議所100周年記念イベントで基調講演した。約20年に及ぶ仏ルノーとのパートナーシップのおかげで日産は主要ライバルとの競争が可能になったと語り、ルノー・日産連合の具体的な成果を挙げた。共同生産など業務統合による巨額のコスト削減、電気自動車(EV)分野での強い立場、2017年の販売台数1000万台突破などだ。

  日産の社章を濃紺の背広のえりにつけた西川社長のスピーチは洒落た表現に欠け、平凡で退屈ですらあった。しかし講演する同社長は、少数の日産経営陣と東京地検特捜部の担当チームしか知らない秘密を胸に秘めていた。ちょうどそのころ、ルノー・日産連合の生みの親、カルロス・ゴーン会長(当時)が社用ジェット機のガルフストリームG650に乗って東京に向かっていた。あと6時間弱で羽田空港に到着し、取締役会に日本の当局者との会合、そして中国訪問と、忙しい1週間を過ごす予定になっていた。だが、この予定が全く実現しないことを西川社長は知っていた。

  11月19日午後3時半ごろ、ゴーン氏を乗せたジェット機は羽田に着陸した。いつものように空港を後にするはずが、この日は同機から降りるタラップを埋め尽くした黒いスーツの検察当局者らから、金融商品取引法違反の疑いで逮捕すると告げられた。激怒し戸惑うゴーン氏は当初、同行を拒否し容疑の説明と証拠を求めたと事情に詳しい関係者2人は述べた。押し問答が続いたが、拒否できないと悟ると、着陸から約1時間後、同行することに合意したという。

  そのころ、もう1人の日産幹部、グレッグ・ケリー代表取締役(当時)は成田空港から車で東京に向かっていた。ゴーン氏の右腕で会長室をかつて牛耳ったケリー氏を、検察はゴーン氏とほぼ同時に拘束しようと計画していた。警告し合ったり文書を破棄、あるいは逃亡するのを防ぐためだ。東京のホテルに着いたところで逮捕する予定だったが、事情に詳しい関係者3人によると、道路渋滞が邪魔をした。ゴーン容疑者逮捕を知られるリスクが高まり、ケリー容疑者は途中の高速道路のパーキングエリアで逮捕となった。

  両容疑者はその夜、東京拘置所の独房でそれぞれ過ごした。ゴーン容疑者ほどの大企業トップには、前例のない措置だった。起訴後、ケリー被告は保釈されたが、報酬の過少記載や特別背任罪で起訴されたゴーン被告(64)は今も勾留されている。日産はゴーン被告を解任、刑事告訴もしているが、同被告は逮捕後1度だけ公に姿を現した今月8日の出廷で「私は無実」と主張するなど、全面否定している。ケリー被告も同様だ。

Renault-Nissan-MMC chairman Carlos Ghosn Signals He'll Keep Leading the Alliance

ゴーン元会長

Photographer: Junko Kimura-Matsumoto/Bloomberg

  ゴーン被告の転落ドラマの脚本に、複数の人物が関わったことが明らかになってきた。日産での熾烈(しれつ)な権力闘争の行き着いた先が逮捕だった。同被告を支持する人々の一部には、権力をほしいままにした企業経営者が受けた当然の報いという以上に、一種のクーデターとの見方がある。

  日産は一連の事件を引き起こした「原因はゴーン、ケリー両被告による不正」とし、「実質的かつ説得力のある証拠」をつかんでいるとコメントしている。同社は現在、「この不正を許したガバナンスの是正にしっかり取り組む」ことに注力しているという。

  ゴーン被告と西川氏のパートナーシップは2001年にさかのぼる。ルノーが日産株の約3分の1を取得し、同社を救済した2年後のことだ。日産の最高執行責任者(COO)として聖域なきコスト削減に取り組んでいたゴーン氏が、西川氏を2社の共同購買を調整する部署のトップに据えた。1977年に大学を卒業してすぐに日産に入った生え抜きの西川氏はブルームバーグ・ニュースとのインタビューで、そのような重要任務を任されたことに驚いたと語った。当時の日産の財務状況は芳しくなく、ルノー側に指示を仰ぐと考えていた西川氏は、ルノー本社内にオフィスを持ちパリと東京を行き来するようになった。

Nissan to Seek Removal of Ghosn From Board Amid Probe

西川社長

Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  原材料や部品の費用は製造コストの半分以上を占めることもある。西川氏の任務は納入業者からできるだけ良い条件を引き出すことで、優れた手腕を発揮した。日本企業の標準に照らしても長時間の勤務をこなし、人付き合いもあまりしなかったと複数の日産元幹部が語っている。テネシー州の米本部にいた時も自分の机か会議室で作業することが多く、ゴーン氏のように現地工場で従業員と親しく接するなどということはなかった。

  ルノーと日産の関係はぎくしゃくしながら進んでいった。エンジニアリング資源を正式に共有することにしたが、日産の現・元従業員によれば、フランスと日本のチームの共同作業はスムーズではなく、技術標準やテクノロジーの優先順位で意見が異なることも多かった。両社がそれぞれのプランに固執する中で協業の機会が失われることもあった。しかし、ゴーン氏が導入した財務と戦略面の改革は奏功し、日産は徐々に財務を立て直した。

  日産は厳しい職場で、そこで絶対的な価値を持つのはゴーン氏による評価だった。西川氏はそのゴーン氏の信頼を得ていた。「ゴーンチルドレン」と呼ばれる少数のエリートの1人として、西川氏は昇進を重ね、最高競争責任者として研究開発と製造、その他の責任を担うようになった。

  2017年に入ると、ゴーン氏は日産の最高経営責任者(CEO)を退きルノーおよびアライアンス全体の経営に専念すると発表。西川氏を後任CEOに昇進させたゴーン氏は、このために西川氏を長年育ててきたと語った。

Tour Of Nissan Motor Co.'s Oppama Global Pilot Plant

日産・追浜工場

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  だが、西川氏がCEOに就くと、密月関係は終わる。無資格作業員による国内向け車両の完成車検査が30年以上も続いていたことが発覚、100万台余りのリコールが必要となり、日産は調査のため全工場で国内出荷を約2週間停止する異例の措置をとった。西川氏は就任して1年未満だったが謝罪、報酬も自発的に減らした。一方、問題が起きていた期間の大部分で経営責任者だったゴーン氏は謝罪せず、むしろ西川氏の行動が遅いと批判したと事情に詳しい関係者が述べている。

  その後の数カ月、ゴーン氏はルノーと日産の関係について、両社を単一の親会社の下にまとめる、あるいは両社合併につなげる改革を計画し始めた。議論について知る関係者6人の話から分かった。統合を進め大規模な企業となることで、自動運転など先端技術の開発で先行できるというのが根底にある考えだった。ルノーの筆頭株主である仏政府も、ルノー・日産が世界の製造業の中心となる機会を期待、アライアンス強化志向を明確にしていた。

  西川氏はこの構想に反対だった。日産は独立性を保つか、統合を深めるなら主導権を握るべきだと考えた。特に、日産のEV技術を、規模も収益力も劣るルノーに食い物にされることを懸念した。昨年4月下旬、西川氏は日本経済新聞に対し、ルノーと日産の合併など一体化に「メリットは見えない」と語った。

  これにゴーン氏は激怒し、日産本社で西川氏を罵倒。構想を疑問視したことで、同社の信頼性を損ねたと非難したと、両氏のやり取りを知る関係者が明らかにした。CEOでいられる日は長くないと西川氏に示唆したが、こうした言い方は1度だけではなかった。ゴーン氏は米国での業績の弱さについても西川氏を批判していたという。ゴーン氏の家族に近しい関係者によると、同氏は子供たちに、西川氏が業績を回復する時間は18年末までしかないと語ったこともある。

  ゴーン氏は報酬面でも権力でも西川氏をしのいでいた。ルノーの会長兼CEOであると同時に、依然として日産の会長でもあり、アムステルダムを拠点とするアライアンスの統括会社の会長でもあった。また、アライアンスの構造は1999年のルノーによる日産救済時からほとんど変わらないものの、ルノーの日産株保有比率は43%となり、重要な決定に拒否権の行使ができた。西川氏の姿勢に関係なく、ゴーン氏は日産とルノーの統合強化を恐らく実現できただろう。

Renault SA Chairman Carlos Ghosn Presents Full Year Earnings

ルノーでの決算会見(2018年・2月)

Photographer: Christophe Morin/Bloomberg

  事情に詳しい関係者によれば、ゴーン氏逮捕の数カ月前に、アライアンスの新しい構造と新リーダーシップを2019年初頭にも発表する暫定計画ができていた。ルノーとの契約を2022年まで延長していたゴーン氏がトップに就き、日産に生涯をささげてきた西川氏は排除される恐れがあった。

  ゴーン氏の報酬は高かった。少なくとも3社から給料を得て、17年に日産から約650万ドル(現在のレートで約7億1110万円)を、ルノーから840万ドル、新たにアライアンスに加わった三菱自動車から200万ドルを受け取った。日産と三菱自によると、ゴーン氏はオランダの合弁会社である日産三菱BVから、両社が未承認の890万ドルの支払いも受けた。

  同氏を巡る問題は報酬がきっかけで始まった。日本とフランスの企業経営者の報酬は、米国の標準に照らすと控えめだ。ゴーン氏は自身の報酬のことになると、いつもの攻撃的な姿勢で批判に反論した。こうした際に助け船を出すことが多かったのが弁護士でもあるケリー氏だった。同氏は著名監査法人を使ってゴーン氏の報酬が米フォード・モーターやゼネラル・モーターズのトップより少ないと説明。しかしゴーン氏には表立った報酬のほかに、パリと東京に加え、アムステルダム、ベイルート、リオデジャネイロに住居が提供されていた。

  事情に詳しい人物によると、ケリー氏からゴーン氏関連の業務を引き継いだマレーシア生まれの弁護士、ハリ・ナダ氏が昨年春、こうした住宅提供に疑問の目を向け始めた。同氏はインタビューに応じず、何が同氏の懸念につながったかは不明だ。

  ナダ氏は1990年代から日産に在籍し、ゴーン氏とケリー氏に忠実だった。ケリー氏とは友人で、日産本社の近くのバーで会うこともよくあり、ゴーン氏の報酬のさまざまな面にも密接に関わった。例えば、ケリー氏が2010年に設立したオランダ子会社Zi-Aキャピタルの運営にも携わった。同社はその2年後、ゴーン氏のためにベイルートで住宅を880万ドルで購入、シャンデリアの取り付けなど豪華な改装に600万ドルを費やした。

  ナダ氏はゴーン氏の退職後に総額で最大8000万ドルを支払う提案書についても承知していた。ナダ氏は倫理的ジレンマについて同僚にアドバイスを求めたという。自分が不適切な行為をほう助したのか、その場合どうしたらよいのか相談したという。この同僚はナダ氏に同調して協力に同意。ナダ氏はゴーン氏のスタッフの1人、大沼敏明氏にも調査への協力を依頼したという。

  調査グループは間もなく、日産の監査法人が1年以上前からZi-Aキャピタルについて不審に思い、事情を調べるためオランダに人を派遣していたことを知った。互いの情報を交換後、ナダ氏らのグループは監査法人と協力、社員からの聞き取りや文書の収集を始めた。こうした活動をゴーン氏に気付かれないようにするのは難しくなかった。同氏が月1回以上日本を訪れることはめったになく、ルノーおよびアライアンス全体に力を注ぐようになっていたが、調査についてルノーは全く知らされていなかった。

Nissan Motor Headquarters As Directors Meet to Pick Chairman to Succeed Arrested Ghosn

日産本社

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  つかんだ内容が犯罪に近いと懸念を深めた同グループは、元検事である弁護士に相談。弁護士らは情報を元同僚の地検特捜部メンバーに伝えた。大沼氏はZi-Aキャピタルのアドミニストレーターでもあり、ナダ氏ともども捜査対象となるリスクがあったが、幸運なことに、日本でも司法取引の制度が最近導入され、ゴーン氏有罪の証拠を提供することで両氏は検察と合意を結んだと国内メディアは伝えている。

  ナダ、大沼両氏と日産監査役の今津英敏氏は、西川氏向けの正式な報告書作成に取り掛かり、昨年10月提出した。日産幹部によれば、報告書を受け取るまで西川氏は調査について知らなかった。つまり、上級幹部ではなかったナダ氏と大沼氏が、ゴーン氏とケリー氏について検察に通報するという、日産をほぼ確実に危機に陥れる決断をしたことになる。

  ただ、西川氏がまったく関知していなかったわけではないかもしれない。事情に詳しい関係者2人によれば、西川氏は昨年8月には、日産が年内に重大な問題に直面する公算であることを経産省に伝えていた。同社はこれについて、西川氏は調査について「全然知らなかった」とし、同省とは車両検査などの問題で定期的に連絡をとっていたと説明している。

  西川氏が調査についていつ知ったにせよ、同氏はゴーン氏をかばおうとせず、逮捕に向けて検察に協力を約束したと捜査について知る人物は述べた。西川氏とナダ氏はゴーン氏が次に来日するのは11月19日だと知っており、計画について連絡を取り続けた。ケリー氏を同じ日に日本に来させるのはより難しかった。半分引退しテネシー州ナッシュビルとフロリダ州を行き来し、脊椎管狭窄(きょうさく)の手術を受ける準備をしていた同氏は11月下旬の日産取締役会にビデオ電話を通じて参加する計画だった。しかしナダ氏は来日して出席するよう説得、社用機を使えば手術に十分間に合うように帰宅できると安心させ、ケリー氏は同意した。逮捕から数時間後、西川氏は日産本社で記者会見を開いた。同社取締役会は3日後、ゴーン会長の解任を全会一致で決めた。

  日産がゴーン時代に決別して前進するには、同社自身の法的問題を解決しなければならない。日産はゴーン被告に関連した報酬繰り延べで起訴されており、さらなる法的問題のリスクもある。そうなると、問題の期間を通じて上級幹部であり取締役だった西川氏にスポットライトが当たるのを避けるのは難しいだろう。ゴーン氏同様、日産についても焦点は一つだ。弁護士や監査役を大勢抱え官僚的組織を備えた主要自動車メーカーが、自社のトップの報酬を把握していないなどということがなぜ起こり得たのか。

  ゴーン氏は毎年この時期、世界経済フォーラム(WEF)年次会合(ダボス会議)の常連だった。逮捕がなければ、パネル討論会やテレビインタビュー、重要人物との2者会談など今年も忙しく活躍したことだろう。しかし今年のダボス会議でゴーン氏の名前が出たのは、フランスのルメール財務相からだった。同相はブルームバーグテレビジョンとのインタビューで、ゴーン氏がルノーの会長とCEOを辞任したと明らかにした。

  世界を飛び回るビジネスマンのゴーン氏は、自分に巨額報酬が支払われる仕組みをケリー氏らが作り上げたと安心し、大半の時間を機上で過ごしていた。日本での最も近しい同僚が自身の逮捕を画策しているとは知る由もなかった。同氏は日産の取締役全員に支払われる報酬の倍以上を受け取ったこともあった。これに、さまざまな給料と5軒の住宅提供が加わった。弁護側はこれを成功報酬だと主張する。検察と日産は法的、倫理的に許されない行為だったと論じる。いずれにしても、ゴーン被告は敵に付け入るすきを与えてしまった。

原題:Inside the Takedown That Landed Carlos Ghosn in a Japanese Jail (抜粋)

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