400兆円供給した日銀の異次元金融緩和、笛吹けど庶民は踊らず

  • 大規模緩和はいまだ庶民の「デフレマインド」払しょくできず
  • 低金利の恩恵幾分受けたが、生活ぶり依然厳しいとの声

それは歴史上最も過激な資金供給だ。日本経済をデフレから救い、成長を支援するため、日本銀行は量的・質的金融緩和策の下でこの5年半余りに400兆円近くを市場に供給した。ただ、一般庶民にはその恩恵がほとんど行き渡っていないようだ。

  北は秋田県から南は沖縄県までの全国各地で、若い夫婦や町工場の経営者、タクシー運転手らを対象に行った20件余りのインタビューを通じて、厳しい現実が浮かび上がった。安倍晋三首相の経済再生計画であるアベノミクスの中核を成す異次元金融緩和策は、日銀の黒田東彦総裁が実現を任された、流れを変え得るゲームチェンジャーにはなっていない。

日銀本店

Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  
  日銀が異次元緩和策を導入して以後、確かに日本の経済成長率は年率でプラス約1.2%と潜在成長率を上回る伸びを示している。為替市場では円相場が対ドルで大きく下落し、円安を追い風にトヨタ自動車の利益は過去最高水準に達した。日経平均も約27年ぶり高値を回復した。ただ、インフレ調整後の所得は年間0.7%減少。人口の高齢化や減少による経済の先行き不透明感を一因とする日本人の「デフレマインド」を克服するのは極めて難しい。市場の関心は金融緩和の出口策に向かっているが、日銀が目指す物価安定目標2%の達成はまだ道半ばだ。      

それほど悪くなければいい?

暮らし向きが悪くなるとみる人は減ったが、良くなると思う人は多くない

出所:内閣府(2018年6月調査)

                      
  東大阪で溶接業を営む永井知明さん(68)は、日銀の緩和策は会社存続の助けに全くならないと語った。毎年、周辺の工場が閉鎖されていくという。戦後の工業復活に乗ろうと50年前に大阪へ移ってきた永井さんだが、大手企業が安価な部品を求めるため何年にもわたり利益が削られており、「アベノミクスから得たものは何もない」と話す。

永井知明さん

Source: Tomoaki Nagai

  永井さんが頼りにするのは5人のパート従業員。金利が記録的な低水準にあってもリスクが高過ぎて事業投資はできないと言う。世界的な金融危機の影響を乗り越えるために貯金をほぼ使い果たした永井さんは、「以前は老人ホームで老後なんて絶対に嫌だと思っていたが、今は入れる人がうらやましい」と語った。金銭的余裕がないため、できるだけ長く働こうと考えている。

小さな歩み

1年前より収入が増加した家計は20%未満

出所:日本銀行(2018年9月調査)

  景気回復を期待した林宏至、真智子夫妻は昨年、宇都宮駅近くに新居を購入するため35年ローンを組んだ。0.7%の金利は助かったが、林夫妻にとって最も大きな安心材料は真智子さんが公立高校の教師であること。労働人口の3分の1余りが低賃金・非正規労働者という二極化した国内市場で、真智子さんの職は守られている。

林宏至、真智子夫妻

Photographer: Kentaro Takahashi/Bloomberg

  ただ、心配事もある。夫の宏至さんは結婚式カメラマンで、真智子さんとは対照的に仕事が不安定なためだ。宏至さんによると、気前よくお金を使う人もいれば、披露宴を挙げる余裕が全くない人もいて、結婚式での写真撮影に経済格差の拡大が表れているという。宏至さんの給料は昨年上がったものの、宏至さんのような「非正規」労働者が追い付くには道のりはまだ長い。

リタイアするつもりない

  全国で最も高齢化が進んでいる秋田県でタクシー運転手をしている吉川健さんは、高齢者に共通の問題に直面している。低リスク投資商品の金利がほぼゼロという環境で、家計をどうやり繰りするかということだ。月曜日と火曜日、吉川さんがタクシーに乗せる客の5人のうちほぼ4人は病院を行き来する高齢者。現在73歳の吉川さんは、政府が財政赤字削減に取り組む中、年金給付が減るのではないかと不安を感じながら生活を送っている。

吉川健さん

Photographer: Takaaki Iwabu/Bloomberg

  住宅ローンの借り換えで月に約3万円節約できるようになった吉川さんは、金融緩和の恩恵を受けた。タクシー運転手としての給料の約3分の1相当する額で、「住宅ローンの支払いが下がったのは本当に大きかった」と言う。ただ、貯蓄がないためできるだけ長く働くつもりという吉川さんは、「リタイアすることは考えていない」と語った。

金利に対しネガティブ

日本人の過半数は金利は低すぎるとみている

出所:日本銀行(2018年9月調査)

            
  沖縄に住む金城厚子さんも日銀の金融緩和策の直接の恩恵を受けた1人だ。円安進行で日本を訪れる外国人観光客が急増したからだ。

  金城夫妻は、東京の大学に通う娘の生活費をまかなうため、3年前に自宅の2階部分をゲスト部屋に改修。「私たちからすれば、観光客が来たおかげでここも伸びたので、生活も豊かになりました」と語った。そして、退職金の多くが学費に回ったため、現在は年金の足しになればと期待している。米軍基地でそれぞれ働いていた金城夫妻だが、年金だけで暮らしていくのは厳しいと感じている。

沖縄の首里城

Photographer: Carl Court/Getty Images

  
  長年にわたる日銀の超緩和策で金融面では大きな不均衡が生じており、金利が正常化に向かえば波乱を招く恐れがある。長期化する米中貿易戦争や中国経済の減速は輸出主導型経済の日本にとってリスクであり、原油価格の下落は物価目標を脅かす。

  黒田総裁が任期を終え、日銀による実験がようやく終わっても、後を引き継ぐ金融政策担当者らは、人口減少の中で成長と生活水準向上という課題に依然向き合わなければならない。日銀が大規模金融緩和を継続しても、こうした課題が解消されるのかどうかという疑問がくすぶる。
      

原題:BOJ’s $3.5 Trillion of Cash Changes Little for Ordinary Japanese(抜粋)

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