宇宙の謎探る巨大施設、誘致の動き加速-三菱重や日立、人材継承期待

  • 課題は総額最大8000億円に上るコスト、中国も独自に計画進める
  • 波及技術は将来、核廃棄物処理やがん治療の高度化につながる可能性

「ビッグバン」を再現し、未知の素粒子を探ることで宇宙誕生の謎に迫る国際研究施設「国際リニアコライダー(ILC)」を日本に誘致するかどうかを政府が判断する期限が年末に迫っている。産業界では、専門技能と人材の継承や長期的な波及技術開発の鍵になるプロジェクトとして期待が高まっている。

  リニアコライダーは、全長20キロメートルの直線の空洞の中で電気や磁気によって光速近くまで加速した電子と陽電子を正面衝突させる巨大加速器。衝突によって発生する素粒子を分析する。素粒子は物質を構成する最小単位だ。

ILCの完成予想イラスト

Source: Rey. Hori

  日本への誘致を望む声が世界の研究者らの間で高まっている背景には、日本の素粒子物理学研究が世界で最高水準にあるほか、海外での加速器開発が研究所主導であるのに対し日本では初期から企業が積極的に協力してきた経緯がある。

  1949年の湯川秀樹氏をはじめとして素粒子物理学の基礎研究分野での日本出身のノーベル物理学賞受賞者は11人に上り、世界に約300ある研究用加速器のうち48を日本が占める。加速器関連の技術を持つ企業は、三菱重工業や日立製作所、三菱電機、東芝、IHIなど全国で約5000社に及ぶ。
  
  ILC計画については8月から学術会議が審議中で、政府はその結果を踏まえて年内に結論を出すことになる。欧州は素粒子研究計画を5年ごとに見直しているが、その期限が来年に迫っているためだ。先端加速器科学技術推進協議会の松岡雅則事務局長は、「日本として意思表明をする最後のチャンス。これを逃せばILC計画は頓挫してしまう」と危機感を募らせる。

  中国は既に独自に次世代加速器の建設計画を進めており、日本の決断次第では素粒子物理学の主役の座を中国に奪われる可能性がある。10月には、ポール・ダバー米エネルギー省科学担当次官が来日し推進派議員と懇談。「日本政府が積極的姿勢を示してくれることを期待する。誘致が決定すれば建設マネジメントや技術面で支援していきたい」と述べた。

「ヒッグス粒子」解明へ

  現在、最高性能の加速器はスイスにある欧州原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)。円形のLHCより粒子の衝突エネルギーを高めやすい直線状のILCを建設する計画は、93年に国際将来加速器委員会(ICFA)で推進が決定された。欧州では2036年までLHCを運用することが決まっているため、後継となるILCは日本での建設が望まれている。

日立が開発に協力したILC向けクライオモジュール

Source: KEK

  10月下旬に米国で開かれた国際会議で世界の素粒子物理学者らは、日本政府が誘致の意思を示せば、各国に国際合意への働き掛けを強めるとする「テキサス声明」を発表。ILCでは、LHCで12年に発見された「ヒッグス粒子」の謎を解き明かす研究が進むと期待する。素粒子に質量を与えると考えられているこの粒子の存在を提唱した科学者らは13年にノーベル物理学賞を受賞した。

  計画が実現すれば、候補地となっている北上山地(岩手・宮城県)に約100カ国の研究機関から2000人を超える研究者や技術者が長期滞在し、世界有数の研究都市が生まれる。

  政府が難しい判断を迫られる最大の要因はコストだ。巨大加速器や研究施設、測定器の建設費に人件費を加え総額は最大約8000億円に達する見込み。誘致国である日本は半分程度の約4100億円、残りは主に欧米諸国が負担すると試算されている。
  
  ILCの誘致を目指す岩手県ILC推進協議会は7月末、建設10年と運用10年の計20年間で加速器関連の基礎技術の利用などによる国内産業への波及効果は約3兆100億円、生産誘発額は約5兆7200億円との予想を発表し経済的な意義を強調する。

  ただ学術会議では、ILCで利用される技術は特殊性が高く、民生分野に応用するにはハードルが高いとの意見が出た。科学関連予算がILCに集中すると警戒感を示す声もある。自民党議員らが9月に設立した誘致実現連絡協議会(代表・河村建夫衆院議員)は、ILCを政策横断プロジェクトに位置付け通常予算の枠外で措置するよう求める決議を採択。安倍晋三首相らに提出予定だ。

先端科学をリード

  「高度な専門知識と技術は一朝一夕にできるものではない。加速器関連の中核となる技術を絶やさず保持していかなければならない」。1960年代初頭から加速器事業に着手し、ILCの主要機器である超電導加速空洞の国内最大のメーカー、三菱重工の木村和明副社長はそう語る。

  加速器の発注元は官庁や研究所が主で採算面では事業として成り立ちにくいため、技術の保持に腐心してきた。加速器関連の中核となる技術者数十人を、インダストリー&社会基盤ドメインの子会社を統合して昨年10月発足した三菱重工機械システムに配属。人材に流動性を持たせ原子力関連や産業機械関連など幅広い分野で活躍できる体制にすることで技術力の継承を図っている。

三菱重工の超電導加速空洞 

Source: Mitsubishi Heavy Industries

  ILCでは約8000本の加速空洞が必要となる見込みで、海外企業とも分担して1000本以上を製造する可能性がある。「加速管がずれたり磁場が変わったりしたら加速度が上がらない。安定的に動く加速器を製造することで技術がさらに発展する」と木村副社長は説明する。

  日立は、ILCでの国際協力に向け各国から提供された機器を真空容器に収めた「クライオモジュール」の組み立てと試験で高エネルギー加速器研究機構に協力した。原子力ビジネスユニット技監の魚住弘人氏は「全体をまとめ上げる調整力が当社の強み。ILCは技術の集大成」とし、「ビッグデータ処理や人工知能など当社の技術を活用し、保守・管理などの分野まで展開させたい」と語る。

  同社は、加速器の技術を、がん治療に利用する粒子線治療システム事業に発展させるなど主に医療分野で活用している。加速器関連では「医療用が一番伸びしろがある。事業規模が広がれば人材が必要になり、イノベーション意欲につながる」と指摘。ILCについて「関連する装置を完成させる過程でさまざまな技術的工夫が求められ、結果として経験や知見を得ることができる」と話す。

  超電導加速器の技術は将来、核廃棄物処理や次世代半導体製造、がん治療の高度化などさまざまな分野に応用される可能性がある。東京大学の山下了特任教授は、計画が実現すれば「日本が先端科学をリードする拠点を有し、未来の技術革新を引き起こすことができる。世界の科学者や技術者が国境を越えて協力する研究体制が組まれ、長期的な人材育成にもつながる」との見方を示した。

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
    LEARN MORE