【インサイト】賃金のL字ターンを待つ日銀-フィリップス曲線で

Photographer: Akio Kon/Bloomberg
Photographer: Akio Kon/Bloomberg

低下する日本の失業率は賃金上昇の加速とインフレ上昇を支える-。それが直近の賃金版フィリップス曲線からのメッセージだ。日本は曲線の右側の平らな場所で、ずっともがいている状況だった。ブルームバーグ・エコノミクスの分析では、失業率と賃金上昇との関係は明確になりつつある一方で、失業率と物価との関係はまだ相対的に弱い状態にある。

  失業率が1992年以来の水準に低下しているにも関わらず、構造変化や周期的要因-オンライン・ショッピングの拡大や耐久財の買い替えサイクル-等が物価上昇を抑制している。それは、日本が物価版フィリップス曲線で平らな場所からやや傾きが大きい場所に移動し始めていることを示唆している。

  こうした下押し要因を考慮すれば、短期的には1%を大幅に超えるインフレ率を維持するのは難しいと考えざるを得ない。ブルームバーグ・エコノミクスでは、日本銀行は金融政策のフレームワークをより持続可能な枠組みに修正し、2%の目標への長期の戦いに備える必要があると考えている。

  5月の失業率は2.2%まで低下した。ブルームバーグ・エコノミクスが直近(2017年第1四半期から18年第2四半期)のデータを用いてフィリップス曲線を推計したところ、失業率が2%まで低下すると、賃金上昇率は前年比2.4%、コアCPI(生鮮食品を除く総合)は1.5%まで上昇する対応関係にある。

  先週金曜日に日銀の金融研究所から公表された論文(日銀の公式見解ではない)では、日本の賃金版フィリップス曲線がL字型をしている可能性を示唆している。すなわち、曲線右側の平らな部分では失業率が変化しても、賃金の下方硬直性のために賃金の上昇ペースに影響はみられないと(同論文では完全失業率ではなく、失業率と自然失業率の差である失業率ギャップを用いている)いうことだ。これは黒田東彦総裁が昨年12月の講演で「過去の賃金の下方硬直性が現在の上方硬直性につながっている」と発言していることと符合する。

  もちろん日本の賃金版フィリップス曲線がどのような形をしているかの解釈には幅がある。ただ仮にL字型をしているとするのであれば、その含意は大きい。まず第一に日銀が想定するタイトな労働市場から物価上昇へのメカニズムが働くには時間がかかる。しかし、もし失業率が自然失業率を明確に下回れば(失業率ギャップがマイナス)、賃金は急上昇する。

  ブルームバーグ・エコノミクスによる簡易版フィリップス曲線の推計値は、少なくとも部分的にはこの仮説(L字型曲線)を支持する。実際、5月の経済指標では失業率が急低下する一方で、賃金(現金給与総額)の前年比は2%台に急上昇している。後者は振れの大きい指標のため断定的な判断はできないが、失業率が完全失業率を下回りつつある中でフィリップス曲線の傾きが急になっていると解釈することもできる。

  一方で、物価上昇への道のりは険しい。ブルームバーグ・エコノミクスが作成した日本の物価ヒートマップ上では賃金上昇と物価上昇との関係が明確に表れているとは言えない。コアCPIの前年比は18年6月時点で0.8%上昇だ。同指標は17年1月には上昇に転じており、もはやデフレではない。しかし、日銀の努力にも関わらず基調的なインフレ率はさえず、構造的な問題や周期的要因が物価上昇の重荷になっていることをヒートマップは示している。以下は主な要因だ。

物価上昇を支える要因 – 食料(除く生鮮食品)、エネルギー、保健医療サービス、教養娯楽サービス

  • 人手不足や 訪日外国人の急増などが上記のサービス価格を下支えしている。
  • 上昇するエネルギー・食料価格もインフレ上昇の要因だ。ただこうした日用品・ガソリン価格の上昇は一時的であったり消費者の購買力や購買意欲を抑制したりする可能性もあり、持続的なインフレ要因にはならない可能性がある。

物価の低下要因 – 持ち家の帰属家賃、通信 (携帯電話料金)、 家庭用および教養娯楽耐久財。これらの物価上昇を抑制する項目は日銀がコントロールできる範囲を超えている部分もある。

  • CPIの約15%を占める持ち家の帰属家賃(持ち家の消費者が家賃を払っているという統計的な扱い)は、家屋の経年劣化を考慮できていないという議論がある。こうした経年劣化を品質調整するとCPIは0.1から0.2ポイント上昇するという試算もある。
  • 政府による携帯電話キャリアへのプレッシャーが料金の低下につながってきた可能性がある。
  • 一部の耐久財の買い替えサイクルの終わりが価格の下降トレンドに影響している可能性がある。日銀のスタッフペーパーによると、耐久財の買い替えサイクルは00年以降の平均で2.9年となっており、16年に中期的な買い替えサイクルで耐久財消費が増加する段階にあると指摘している。このサイクルが終われば値下げ圧力がかかる。
  • もう一つの弱い物価の原因は、多数の財・サービス価格が長期間変動しないことにある。この状況は変わりつつあるが、価格の硬直性は物価上昇を抑制している。

オンライン・ショッピング(Eコマース)の急速な拡大も、物価の押し下げ要因となっている。

  • インターネットを経由した支出の占める割合は、16年5月の2.9%から、18年5月の4.2%まで低下した。
  • インターネットで売られている商品は、日本では店頭で買うより13%安いーMITスローン経営大学院の教授による研究。われわれの試算によれば、オンライン・ショッピングの増加は過去1年で0.1ポイント程度の物価押し下げ要因となっている。
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