日本社債市場のタブー、「募残」問題ー投資の成否分ける情報戦

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  • 募残発生の背景には、低利発行圧力をかける発行体の存在も
  • 引受の透明性確保に向け、日本でも欧米同様のPOT方式が始まる

Photographer: Tomohiro Ohsumi / Bloomberg

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日本の新発社債投資では未公表情報にアクセスできるかどうかが勝敗を分ける。新発債は人知れず売れ残ることがあり、「募残」情報をいち早くつかんだ投資家だけが市場価格よりも割安に購入できるためだ。社債市場の不透明性は投資家間に不公平をもたらしている。

  新たに発行される社債の利率など発行条件は、引受証券会社と投資家間の需要調査を通じて決められる。しかし、利率不足から、発行企業の希望調達額を満たすだけの投資需要が集まらないことがあり、引受会社は売れ残り分を在庫として抱える。発行体に販売能力がないと思われるリスクを回避したい引受会社は、完売報告をするため、実態は表面化しにくい。

  複数の関係者によると、4月のデンソー債、5月のJFEホールディングス債やANAホールディングス債、新日鉄住金債が売れ残った。地方債最上位の東京都債や、世界的に増加傾向にある環境債の鉄道建設・運輸施設整備支援機構債など、社債よりも信用力が高い地方債や財投機関債でもこうした事例は珍しくない。

  これに対し、デンソー経理部は「主幹事証券会社より発行額を上回るオーダーを獲得したと聞いている」と回答。ANAHDコーポレートコミュニケ-ション室の田辺篤史課長も「主幹事証券会社からは約1.2倍の需要があったとの報告を受けている」と話した。JFEや新日鉄住金も同様の回答だった。

  募残が発生した場合、損を被るのは事情を知らない多くの投資家と引受証券会社だ。ある関係者によると、販売の成否は重要な投資判断材料であり、できるだけ安価で購入しようと積極的に需給状況を嗅ぎ回る投資家もいる。また、別の関係者は、引受会社の側が手数料収入を多少犠牲にして、新発社債を割引価格で個別投資家にオファーし、募残を処理することがあると明かす。いずれにせよ定価で購入した投資家は結果として損をしていることになるという。

  マイナス金利政策で、社債の条件決定の難易度が高まり、引受会社の主幹事獲得競争は激化。複数の関係者によると、こうした証券業界の事情に詳しい発行体からの低利発行圧力も強く、募残を強いられるケースも少なくないという。

  もっとも、ある関係者は、欧米に比べ未成熟な日本市場で、発行企業を増やすために募残を出しながら市場拡大を支えてきたのは引受会社だとも言えると指摘している。SMBC日興証券、大和証券、野村証券、みずほ証券、三菱UFJモルガン・スタンレー証券(50音順)の5大証券の広報担当者はいずれも、募残問題についてコメントを差し控えるとした。

POT方式

  引受証券会社は需要調査を行っているにもかかわらず、募残が発生してしまうことがあるのには、構造的な取引慣行上の問題が介在している。日本では、引受会社は自社の抱える投資家の詳細情報について、他社に手の内を明かさないようにしている。事務主幹事は各主幹事からの需要報告を合算するが、重複を把握するのは困難であり、総需要を見誤ることにつながる。

  売れ残った社債がやや安い水準で出回れば、相場に影響を与えるため、次回の起債の際に調達コストの上昇を招きかねない。「そうした発行体は市場におけるレピュテーションの低下リスクもある」と、ニッセイ基礎研究所の金融研究部主席研究員、徳島勝幸氏は指摘する。実際に、複数の投資家はデンソー債やJFEホールディングス債について、これまでの販売不振から投資を手控えたと話す。

  こうした社債市場の不透明性について、日本証券業協会は2009年から検討を始め、10年には「社債市場の活性化に向けて」とのリポートで、割引販売の存在を指摘。引受会社の関係者は、市場拡大には発行体側の理解が重要であり、少なくとも発行企業は自社債の正確な需要を知らされるべきだろうと語った。

  さらに発行条件決定の透明性確保に向け、欧米同様に機関投資家の動向を関係者間で共有する「POT方式」を採用する動きも徐々に出始めている。サムライ債やハイブリッド債で定着し、環境債では日本郵船、今年度最大の2500億円を調達したファーストリテイリング債でも導入された。Fリテイリ広報部は、価格の透明性や配分の公平性が担保される可能性が高まることを採用理由に上げた。金融庁も同方式の浸透を期待している。

  マニュライフ・アセット・マネジメントの押田俊輔シニア・クレジット・アナリストは、POTについて「価格透明性の高まりはコスト削減につながるため、長期的にみてポジティブ」と語り、投資家、発行体双方にメリットがあるとして「徐々に広がっていくのではないか」と話した。

(第11段落で金融庁の考えを加筆しました。.)
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