金正恩氏、核兵器手に制裁緩和と体制保証目指す-米朝首脳会談で

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  • 金委員長は北朝鮮の体制を「普通の国」にすることを要望
  • 北の最優先課題は体制生き残りであり核兵器手放さない-専門家

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が南北首脳会談のため、同国の指導者として4月27日に初めて韓国の地を踏んだ直後、同委員長は出迎えた韓国の文在寅大統領に一緒に北朝鮮側に足を踏み入れるよう促した。

  この行動が物語るのは、金委員長が単純に従うだけの人物ではなく、保有兵器を放棄しないということだろう。

  このメッセージは6月にシンガポールで予定されているトランプ米大統領との首脳会談に向けて一段と鮮明になっている。実際に開催されるか二転三転する米朝首脳会談の見通しは不透明なままで、どうすれば金委員長が核兵器放棄に応じるか米国はこの答えを見つけようとしている。

金正恩氏と軍幹部

Photographer: KCNA/Xinhua News Agency via Getty Images

  金委員長の動機を見定めるのは、北朝鮮とどのような取引が可能であるかを理解する鍵となりそうだ。金委員長の公の声明や北朝鮮国営メディアから判断すると、少なくとも2つのことが明らかとなる。それは、金委員長が制裁緩和を望んでおり、核兵器なしでも権力掌握に十分安全を感じられるようになるまで、それを手放すことはないというものだ。

  延世大学統一研究院の奉英植氏は、「金正恩氏の現状を定義する言葉は不安であり、自身の生命および指導体制の安全の両方への危惧だ」と指摘。その上で奉氏は金委員長について、「彼は普通の国の指導者になりたいと望んでいるが、経済的繁栄の見返りに核兵器とミサイルを放棄することの正当性を政治エリート全体が歓迎する保証はない」とし、「経済制裁解除によって、実行可能な経済的繁栄の流れと生活水準の急激な改善がある限りは、反対する動きを静められるだろう」との見方を示した。

  多くの点で、世界は金委員長ついて知り始めたばかりだ。中国の習近平国家主席、文在寅韓国大統領とのそれぞれ2回の首脳会談を含む外界との最近の交流からは、権力基盤を固めるために親族をも殺害したとされる残忍な独裁者とは別の側面が浮かび上がった。自身の目的達成のためにはユーモアや謙虚な姿勢、お世辞も駆使する駆け引き上手な外交官という顔だ。

  それまでは、金委員長と面識がある米プロバスケットボール協会(NBA)の元スター選手、デニス・ロッドマン氏が昨年、「いつも穏やかで、笑顔を絶やさない。家族と一緒の時は特にそうだ」と語った以外、同委員長の人柄を知る手掛かりは乏しかった。

  金委員長は3月、最高指導者に就任後初の外国訪問として、最大の貿易相手国である中国を訪れ、北京で習主席と会談、関係修復を図った。習主席は金委員長に対し、中国として北朝鮮との友好関係を持つ「戦略的選択」を行い、それは「いかなる状況でも不変だ」と述べた。両首脳は5月初めに2回目の会談を行った。

南北首脳会談(4月27日)

Source: Inter-Korean Summit Press Corps via Bloomberg

  文大統領との2回の会談を通じて、金委員長の人物像は一段と明らかになった。4月27日の会談では、両首脳は「平和の新たな時代」を宣言し、朝鮮戦争を正式に終結させる意向を表明した。金委員長は初の会談で文大統領に対し、北朝鮮のミサイル試射への対応のため真夜中に起きる必要はなくなると冗談を言うとともに、北朝鮮の交通網には「不備があり、乗り心地が悪いと感じられるかもしれない」と話した。会談後には文大統領との共同記者発表に臨み、世界に向けて初めて実況中継で発言した。

  今月26日には、金委員長が文大統領に2回目の会談開催を急きょ要請し、米国との関係について話し合った。文大統領がその後に明らかにしたところでは、金委員長は「非核化後の体制の安全の保証」で米国を信じることができるかどうか懸念を抱いていたという。

  体制転覆の可能性は金委員長にとって真の不安要素だ。ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)は、対北朝鮮制裁緩和に先立って非核化を迫るという、リビアの故カダフィ大佐が受け入れたいわゆる「リビア方式」を唱え、金委員長の不安を増幅した。同大佐がこの方式を受け入れた後に政権が崩壊し、米国が支援する反体制派に殺害された。

  リビア方式に言及したボルトン補佐官とペンス副大統領を北朝鮮が非難したのに反発し、トランプ大統領は24日、シンガポールで6月12日に予定していた米朝首脳会談の中止を発表。北朝鮮はその翌日の25日、非核化の「トランプ方式」が解決につながる可能性があるとし、大統領はその後、会談が当初予定通り行われる可能性を示唆した。

  金委員長は「完全非核化」に開かれた姿勢であるとするが、その定義は不透明なままとなっている。金委員長は朝鮮半島から米軍撤退や、同地域からの米国の核の傘撤回を要求するかもしれない。トランプ大統領は最近、非核化の進め方について一段と柔軟な姿勢を示している。

  金委員長は2011年に権力継承して以来、内部の脅威に懸念を抱き、叔父で事実上のナンバー2だった張成沢(チャン・ソン テク)氏を含め多くの高官を粛正。韓国当局によれば、昨年には異母兄の金正男氏を神経ガスを使ってマレーシアの空港で殺害させたとされる。

ICBMを視察する金委員長(右から2人目)

Photographer: KCNA/KNS/AFP via Getty Images

  金委員長は同時に、米国を核攻撃する能力の獲得に向けた動きを加速させ、米本土に到達することができる大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射を3回行った。トランプ大統領は国際的な制裁を強化するとともに、北朝鮮は「炎と怒り」に見舞われるだろうと警告した。

  北朝鮮を先制攻撃する「ブラディノーズ(鼻血)」作戦の可能性がワシントンで盛んに議論されるようになる中で、金委員長は対決姿勢を後退させた。核開発プログラムは完了したとして、世界との関与を求める姿勢を表明したのだ。

  金委員長は新年の演説で、「生命を脅かす制裁と封鎖」は2500万人の国民に苦難となっているとして、今年が国民の生活改善で転換点になると約束した。

  北朝鮮と韓国の1人当たり国内総生産(GDP)は1976年までは同水準だったが、現在の韓国のGDPは全体で北朝鮮の46倍に達している。中央計画が北朝鮮経済にとってますます負担となってきたほか、ソ連崩壊も打撃となり、金委員長がスイスの学校に通っていた1990年代には深刻な食糧不足で数百万人の命が奪われた。

靴工場を視察する金委員長

Photographer: KCNA/AFP via Getty Images

  いったん権力を継承すると、父親の故金正日総書記が推し進めた軍事優先の「先軍」思想から離れ、間もなく核兵器と経済成長を同時に追求する「並進路線」を採用。食品加工工場や農場を視察し始め、人々を抱きしめる写真に収まるなど、父親との違いを見せつけた。

  金委員長は2012年4月、党トップ就任後初めて行った演説で、「人民が二度と苦しむことがないようにするのが党の固い決心だ」と述べた。

  金委員長は今年4月20日、朝鮮労働党の中央委員会総会で、北朝鮮は核兵器備蓄の目標を達成したとして、核兵器や長距離ミサイルのさらなる実験を停止する方針を表明。「社会主義経済の建設に党と国全体のあらゆる努力を集中する」意向を示した。平壌のポスターは「社会主義経済の建設に全力を傾けて、われわれの革命の前進を加速させよう」と労働者に訴える。

ポスター

Korea News Service

  パシフィック・フォーラム戦略国際問題研究所(CSIS、ホノルル)のラルフ・コッサ理事長は金委員長について、「核を手にした彼に今必要なのは経済支援と発展だ。それには制裁解除が必要となる。彼は正当性も求めており、それを手に入れるだろう」と説明した。

  金委員長は国際社会にもっと受け入れられるようになるための演出も行っている。具体的には、今時のスーツを着て、公の行事に夫人を同伴し、平壌で開かれた韓国のポップスター公演も鑑賞するなどした。

  トランプ大統領との首脳会談が実現すれば、金委員長は北朝鮮の体制と自身を「普通の国」とその指導者に作り替える上で大きな成果を収めるだろう。何らかの制裁緩和を獲得すると同時に、現職の米大統領との会談で正当性を得ることにもなる。米大統領と一緒に撮影された写真は金委員長の祖父の代から切望してきたもので、北朝鮮が世界の最強国から尊重されていることを示す証拠となる。

  軍備管理協会(ACA)の核不拡散政策ディレクター、ケルシー・ダベンポート氏は「金正恩氏の最優先課題は体制の生き残りであり、金委員長は核兵器を体制を保証するものと見なしている。取引のためこれを安易に手放すことはないだろう」と分析。「核抑止力を確立した金委員長に失うものはなく、今、交渉のテーブルに着けばプラスとなるだけだ」と話した。

(更新前の記事で1段落目の肩書を訂正済みです)

原題:Kim Jong Un’s Quest to Make North Korea Normal Again

(本文7段落目にデニス・ロッドマン氏の発言を追加して更新します.)
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