北朝鮮の金正恩委員長は核放棄するか-広がる懐疑論

  • 建国の父の時代から50年余り、北朝鮮は核開発を追求
  • 核放棄は国のアイデンティティーそのものの転換を意味する
金正恩は「核を操る狂人」か「抜け目のない独裁者」か-人物像を探る

トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談する際に核放棄を迫れば、北朝鮮が過去50年以上費やした労力を無駄にするよう要請しているに等しい。 

  同委員長の2代前、「建国の父」と呼ばれた金日成主席の時代に核開発を始めた北朝鮮は、核弾頭を最大60個保有する能力を備えているとされ、体制存続保証の最善の手段に核開発を位置づけてきた。核開発はまた、北朝鮮のアイデンティティーやプロパガンダにとっても重要な存在で、憲法には「核保有国」であることが明記される。米国を射程内とする大陸間弾道ミサイル(ICBM)の昨年の試射を記念する建造物が最近建てられるほどだ。

  金委員長が5月か6月開催とみられる米朝首脳会談での「非核化」協議に前向きな姿勢を示しても、軍縮の専門家は過去の経緯を理由に警戒を促す。核の放棄は単なる戦術的な選択肢どころではなく、体制を維持する方法の根本的な変化を示唆する。これまでの主な経緯は以下の通り。

1950年代:米国が韓国に核配備

  1953年の朝鮮戦争休戦協定後、アイゼンハワー政権下の米国が韓国に核を配備。金日成主席はソ連(当時)から核兵器を得ようとした。

1966年の金日成主席

出典:ライオンズ/ゲッティイメージズ

1960年代:ソ連が支援

  1960年代にソ連は、北朝鮮の寧辺(ヨンビョン)での核施設建設を支援。

寧辺の核施設を示す衛星画像(1994年)

出典:AFP、ゲッティイメージズ

1970年代:主体思想

  深刻な干ばつや原油価格の高騰、米ソの核不拡散協議などを背景に金日成主席は核開発を加速。電力を得つつ、廃棄物から核兵器に転用可能なプルトニウムを抽出する原子力発電は主体思想にマッチした。

1980年代:期待

  北朝鮮は1985年に核拡散防止条約(NPT)に署名し、核放棄に期待が高まった。たが、寧辺の施設拡大の衛星画像を分析した米国は北朝鮮が核爆弾開発の初期にあると結論づけ、期待はすぐにしぼんだ。

金日成氏は1984年にソ連のクラスノヤルスク訪問

出典:TASS via Getty Images

1990年代:冷戦終結後

  冷戦終結後の1994年、クリントン米大統領(当時)は北朝鮮が核開発プログラムを凍結し、核拡散の恐れが小さい軽水炉に置き換える合意に署名したが、北朝鮮は1998年にミサイルを試射。

北朝鮮が軍のパレードで披露したミサイル(1992年)

出典:AFP、ゲッティ

2000年代:悪の枢軸

  ジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)は北朝鮮をイラン、イラクとともに「悪の枢軸国」とした。金正日総書記はいったんはすべての核放棄に同意したものの、実施に向けた協議は決裂。2006年に初の核実験、09年には6カ国協議からの離脱を表明し2回目の実験を実施。

打ち上げ前の北朝鮮ミサイル(2009年)

出典:AP経由でKCNA

2010年代:金正恩体制下でも核実験とミサイル試射

  金正恩委員長は核実験とミサイル試射を強化、昨年11月には米国を射程内に収めたと述べた。トランプ米大統領はこれに対し、「炎と怒り」に見舞われると威嚇。

ICBM試射を視察する金正恩委員長(2017年)

出典:ゲッティイメージズを通じてKCNA / AFP

  そして、米朝首脳会議に至る運びだが、多くのアナリストは金正恩委員長が核放棄に応じ、北朝鮮の新たなアイデンティティー構築に動くとは懐疑的だ。ソウルにある国民大学のアンドレイ・ランコフ教授(歴史学)は「これまでの成果を水泡に帰したくないだろう。核の放棄は、自らの死刑執行を意味する」と述べた。

原題:Will Kim Jong Un Give Up North Korea’s Nukes? History Says No(抜粋)

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