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賃上げにも貫くトヨタ式、労使の原点は1950年「大争議」

  • 3%賃上げ要求にも、最も大事なのは労働条件の長期的な維持向上
  • 過去最高益で内部留保は19兆円、それでも根強い危機感

「はっきり申し上げまして3%お願いしたい」――。1月5日、都内で開催された賀詞交換会で、安倍晋三首相が経済界の重鎮に今年の春闘要求で突きつけたのはこの一点だった。一瞬、冷たい空気が流れると間髪入れず「これは異議がない」と続けた。

Inside The 2018 Consumer Electronics Show

トヨタ自動車・豊田社長

Photographer: David Paul Morris/Bloomberg

  この後、トヨタ自動車の豊田章男社長がマスコミから発言を求められると、賃上げに言及することはなく労使は「毎年毎年話し合うということを最重要視している」とするにとどめた。

  首相の賃上げ要求の背景には、企業が過去最高益を更新して内部留保を積み上げているのに、消費者にその果実が届かないというジレンマがある。毎年、トヨタの春闘結果は早い時期からマスコミで報じられ、相場形成に大きな役割を果たしてきただけに注目度は別格だ。しかし、賃上げを求める政府に対して慎重を貫くトヨタ。安倍政権下で6度目となる今回もこの構図は同じだ。

  トヨタがこうまで慎重になるのは、過去に一度だけ実施した解雇の教訓がある。章男社長も昨年11月に労働組合との会合で言及した1950年のエピソードだ。

  当時、連合国軍総司令部(GHQ)統制下の日本では、インフレ沈静化のために通貨供給量を減らす「ドッジ・ライン」政策が進められていた。緊縮財政が敷かれ、資金難から倒産が相次ぐ中、トヨタも収益悪化に見舞われ、最終的には日本銀行の呼び掛けで融資を確保しつつ生きながらえる状況まで追い込まれる。この時、泣く泣く飲んだ条件が人員整理を含む会社再建案だった。

  会社側は残ってもらう従業員に「協力要請状」を作り、幹部が労組に気付かれないよう夜中にこっそり地下足袋姿で家に配布することもあったという。ときに夜通し行われた労使団体交渉は30回を数え、2カ月に及ぶ争議は創業社長である喜一郎氏と副社長と常務が辞任、4分の1にあたる2146人が会社を去りようやく終結した。

  トヨタ50年史には喜一郎氏の苦悩がつづられている。「この荒波を何とか乗り切りたいが、それには、ここを解散するか、または一部の方にトヨタ丸からおりていただくか、道は二つに一つしかない。まことに申し訳ない。ここに至り涙なきをえない」。

Toyota Motor Labor Union

トヨタ自工本社事務所前での労働組合集会(1950年)

Source: Toyota Motor

  トヨタの労使の原点が「大争議」と呼ばれるこの出来事にあると話すのは、労働組合企画広報局の渡辺康一局長だ。渡辺氏は「会社に文句ばかりを言ってもだめで相互信頼、相互責任のもとしっかりと仕事をする」ことが大事だと話す。

  今期、最高益を見込む同社だが、賃上げについては長期安定を重視するトヨタ式。定期昇給を軸とした月例賃金の上昇では、2008年の金融危機以降、春闘全体と自動車業界の平均を上回ってきた。例えば昨年の場合、トヨタが2.7%、全国が2.1%、自動車全体が2.4%。他方、ベア要求額は去年水準を据え置く。安倍首相の要求する3%賃上げに向けた相場の押し上げにトヨタが鍵を握るのは間違いないが、企業の負担額を増やすベアには慎重だ。
  
  毎年早い段階で明らかになるトヨタの結果は、賃上げを主導する効果がある一方で、各社の上限になる面もあると指摘するのは約170万人の組合員を持つ国内最大の産業別労働組合、UAゼンセンの松浦昭彦会長だ。春闘相場に勢いをもたらすにはトヨタの賃上げ内容を乗り越えていかなくてはいけないという。

賃金・雇用の分析はこちらを参照

  企業に賃上げを促すために、安倍政権が目を付けるのが内部留保だ。財務省統計によれば、利益剰余金は2017年3月末までの4年間で100兆円以上増加し406兆円に上る。麻生太郎財務相も昨年12月、記者会見で、少なくともデフレではなくなっているという状況を経営者が理解していれば、内部留保が「給与や賞与に回って、設備投資にもう少し積極的なものが出てきたと思う」と述べていた。

増え続ける内部留保、伸び悩む賃金

出所:財務省法人企業統計調査、厚生労働省毎月勤労統計調査

  17年末のトヨタの利益剰余金は19兆円で、5年前と比べても53%増えている。全トヨタ労働組合連合会の平野康祐副事務局長は内部留保を「何かの要求根拠に使うことは全くない」とし「今年はいっぱいお金がたまっているから」賃上げしてくれとはならないという。平野氏は、労働条件の長期安定的な維持向上が最重要だからこそ「机の上で殴り合っているけど、机の下では手を握っている」と労使関係を表現する。 昨年11月に「勝つか負けるかではなく、まさに生きるか死ぬかという瀬戸際の戦いが始まっている」との考えを示した章男社長の認識との間にズレはない。

Labor Union Members Attend A Rally For The Upcoming Wage Negotiation

春闘の中央集会に集まった連合のメンバー。3月5日、都内で。

Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  大争議から68年、従業員36万人超を抱えるトヨタのモノ作りへの姿勢は全く変わらない。自動化技術で他業種ともしのぎを削る現在、社内に共有されるのは危機感だ。2月6日、決算発表の記者会見で河合満副社長は「何か危機があれば会社がつぶれてしまうと真剣に感じていた」と半世紀前の入社当時を振り返り、「トヨタ式生産をグローバルにぶれることなく取り組んできたからこそ危機を乗り越え、それを力に変え成長してこれた」と述べた。

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