「セールスプロモーションに使ってはいけない」。2015年9月に発覚した独フォルクスワーゲン(VW)によるディーゼルエンジンの排ガス不正を検知した測定器を製造した堀場製作所の堀場厚社長は、自社の名がニュースで世界を駆け巡る異例の状況で部下に厳命した。

  一連の報道で注目が集まった排ガス測定装置が「飛ぶように売れる」状況で創業家の2代目である堀場社長がこうした判断を下したのは、かつて1000年の都として栄えた京都の企業特有の気風もあり、一時的な現象に惑わされず顧客との「長いおつきあい」を大切にしたい気持ちがあったためという。

堀場厚社長
堀場厚社長
Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  騒動の渦中で意図的に宣伝を控えたため今もVWとの良好な関係を維持できたことにつながったと堀場社長は振り返る。内燃機関の車への疑問を呼び起こした「ディーゼルゲート」から2年、余波は皮肉なことに堀場製自身にも及んでいる。電気自動車(EV)へのシフトが進めば自動車用排ガス測定器で世界シェア8割を持ち、連結売上高の4割近くを占める同社に打撃となる。

  堀場社長は8月の都内でのインタビューで、堀場製は自動車のほか「半導体」「医用」など計5セグメントでバランスを取る経営を心掛けているとし、世の中の重要な事業領域はほぼカバーできており各領域のコア技術をもとにそれぞれの業界の動向にあわせて技術開発や商品をシフトさせることで、経営環境の変化に対応していくと述べた。

  堀場社長は世界の主要な大手自動車、半導体メーカーと取引がある堀場製は「いい割烹屋さんみたいな」会社と表現。「世の中でいうトップ5%がお客さん。言い方は悪いですけどみんな超一流。やっぱりいいお客をつかんでたら景気とかあまり関係なしに安定的にビジネスができる」と事業基盤は揺るぎないとの見方を示した。

  堀場製の株価はVWの不正問題が最初に報道された15年9月18日以降、約56%上昇している。同期間の日経平均株価の伸びは7.3%。5日の終値は前日比3.5%安の6400円だった。

完全なEV化はない

  不正がきっかけで欧州で次世代環境車の柱とみられていたディーゼルエンジンの信用が失墜、英・仏政府がディーゼルとガソリン車の販売を40年までに禁止する方針を打ち出しEVなど電動車へのシフトを招いた。

  SMBC日興証券の渡邉洋治シニアアナリストはEVには解決が難しい課題も多く急速に普及するとは思わないと前置きしたうえで、EVへのシフトが短期間に起きると仮定した場合は「堀場にとってはマイナス」とした。堀場製の製品は車の開発過程で使われるため、影響は早い段階で訪れることになり、同社にとってそのシナリオは「よろしくない」と述べた。

  堀場社長は、自社の製品が検知したVWの排ガス不正問題でEV化の流れが「進んだのは事実。これがなかったらこんなドラスチックに話題にならなかった」と認める。自動車業界のEV化の「スピードは当然速くなる」とし、堀場製としても「より力を注がないといけない」と話した。

  ただ、堀場社長はEVの最大の課題はコストで補助金なしに一般の人が気軽に買えるには相当な時間がかかるとみる。長い充電時間や発電のあり方など課題は多く、全ての車がEVに置き換わるという考えは「間違っている」という。一部の国での電動化推進の動きは「政治的パフォーマンス」の色彩が強く、現実にはハイブリッド車(HV)などが併用され「EVは最大でも全体の車の3割ぐらいしかいかないのではないか」との見通しを示した。

  一方でEVには期待も抱いているといい、電池の成分分析やEVで従来の車のエンジンにあたる役割を果たすモーターの試験機など「EVは次のうちのビジネスそのもので、それに芽が全部ある。非常に私としてはハッピー」とも話した。

ブレグジット直撃も

  堀場製はディーゼル不正に続いて英国の欧州連合(EU)からの離脱問題でも影響を受けた。英マイラの事業を15年に155億円で買収しており、堀場社長は「びっくりというより悲劇」と話した。英ポンドの大幅な下落でマイラの簿価が下がったほか現地取引先の予算の執行が一時的に止まった「ダメージをもろに受けた」という。

  マイラは英国政府の研究機関を前身とし、現在は車両開発に関する設計やコンサルタントなどを手がける会社で英国に東京ドーム60個分の広大なテストコースも所有。日本にはあまりない業態で、化学分野の計測がコア技術の堀場製とは毛色が異なる。堀場社長は大きな意味でのシナジーを狙った買収だったと説明。従来は自動車メーカーでも排ガス関連の部門としか関係がなかったが、さまざまな分野の技術者をそろえ自動車業界と太いパイプを持つマイラを取り込むことで新しい領域に参画できるようになるという。

  具体的には車のIT化で浮上するセキュリティー問題に備え、サイバー攻撃への対処に関する実験などにも取り組みたいと話した。新しい技術への規制が今後各国で形成されていく過程で「ノウハウを積み上げていくような研究を自動車メーカーと組み上げていく」と述べた。

おいといない

  SMBC日興の渡邉アナリストによると、堀場製は以前から「排ガス1本足からの多様化」を進めてきた。「自動運転や電動化が進めば車の作り方も変わる。そうなれば計測へのニーズは増えるはず」と話した。マイラ買収で車の設計・開発やコンサルタントへ業容拡大が期待でき、堀場製は「いい買い物をした」と話した。

  ガソリン車からEVへのシフト、半導体のシリコンサイクル。メディアをにぎわす話題について、堀場社長は「『おいといない』っていうやつですね。京都の言葉で」と率直な気持ちを表現する。「あまりそんなのいちいち気にしませんよと。そんなんあまり関係ない。そうじゃないよと」

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