米利上げによる資金流出への懸念や日本企業による直接投資の急増を背景に、アジア域内で円の需要が高まっている。通貨危機から20年。政府は脱ドル依存による金融安定化の流れの中で、過去2回失敗に終わった円の国際化につながる具体策を着々と進めている。

  政府は5月、インドネシア、タイ、シンガポール、フィリピンの4カ国と計約4.5兆円のドルを融通する既存の「2国間通貨スワップ」について、円での引き出しも可能にすることで合意。東南アジア諸国連合(ASEAN)各国と、円とドルの選択が可能な最大4兆円の通貨スワップも新設する。6月には円とアジア通貨を直接交換する市場の創設を目指し、タイと協議を始めると発表した。

  国際通貨研究所の武田紀久子主任研究員は、過去の「ドルに比肩する通貨に育てようというお題ありきの国際化」とは違い、「企業や相手国の需要の高まりを受けたボトムアップの国際化」とみる。進出日本企業にとって円と現地通貨の直接交換が促進されることで利便性が高まり、東南アジア各国にとってはドルへの依存度を引き下げることで米国の経済政策の影響を受けにくくする利点があるという。

  日本は1988年に円、ドル、マルクの「3極通貨」を提唱。2001年には通貨危機を回避するため、「アジア通貨バスケット」構想を打ち上げたが、いずれも実現には至らなかった。国際銀行間通信協会(SWIFT)によると、国際決済総額に占める円の割合(4月)は1位の米ドル(42%)や2位のユーロ(31%)に大きく引き離され、3.5%の4位にとどまっている。

中国からASEANへ

  アジア域内で円の存在感が強まっている理由の一つは米国の利上げに伴う資金流出の可能性だ。米連邦準備理事会(FRB)は今年に入りすでに2回利上げを実施。アジアの新興国の多くは通貨危機を教訓に外貨準備を積み上げるとともに、ドル離れの動きを加速化させている。インドネシアやマレーシアは国内決済における自国通貨を義務化。ベトナムも15年にドル預金金利をゼロ化した。

  5月に開かれた日ASEAN財務相・中央銀行総裁会議の共同文書では、ASEANの金融統合や日本企業の進出で経済の結びつきが強まる中、現地通貨の利用促進を図り、域内で円の調達をしやすくすることは「一層の金融安定に貢献」すると明記。麻生太郎財務相は、共同議長国会見で、資金が他国へ一斉に移動する「キャピタルフライトが新興国の中から起き得る可能性は常にある」と述べた。

  1997年に起こったアジア通貨危機は、ヘッジファンドの通貨売りにさらされたタイの変動相場制への移行がきっかけだった。バーツは急落し、経済を支えていた外国資本が急速に流出。インドネシアやフィリピンなどアジア各国の通貨も連鎖して暴落した。米国が利上げの方針を掲げている現在も、資金が逃避する懸念はくすぶる。

  中国における人件費の高まりや政治的な緊張関係を背景に、東南アジアへとシフトしている日本企業の直接投資を後押しする狙いもある。日本貿易振興機構(JETRO)によると、2015年の日本からASEANへのフローベースの直接投資額は2兆245億ドルで、中国・香港向けの2倍近くに上り、現地通貨での取引が増えている。

  金融庁の委託を受けたみずほ総研の調査(14年)によると、アジアに複数の拠点を持つ日本企業の4割弱がアジア圏の通貨の決済額の割合が過去5年間で上昇したと回答。JETROの小林寛アジア太平洋州課長は4日の電話取材で、「ドルを介さず直接取引ができるようになれば、手数料もかからない。割安に資金調達できるようになれば進出日系企業にとってもいいことだ」という。

人民元

  国際通貨研究所の武田氏は、東南アジアへのインフラ投資を進める中国を横目に、 アジアへの質の高いインフラ輸出の拡大を目指す安倍晋三政権にとって、円の流通拡大は「ビジネスと金融が両輪で回っていく話だ」との見方を示した。

  政府のこうした動きは、人民元の国際化が足踏みしている中で、円の影響力を広げる狙いもある。中国は16年10月から国際通貨基金(IMF)による特別引き出し権(SDR)の構成通貨に組み入れられるなど、存在感を高めてきた。しかしその後、人民元の海外流出を防ぐために資本規制を導入するなど、国際通貨としての信認が問われる動きを取っている。

  SWIFTによると、昨年12月、日本に次いで5位だった人民元建て決済の割合は7位まで順位を落とした。PGIMでチーフエコノミストを務めるネイサン・シーツ前米国際担当財務次官は7月25日の電話取材で、人民元の信頼性が落ち、足踏みをしていることから円の需要は拡大していると語った。

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