ソニー入社4年目で学生時代の「夢」を実現-次のウォークマン模索へ

  • 社長直轄の新規事業公募プログラムがけん引、若手から中堅まで広く
  • 応募者数1600人、「とにかく思い切りやる」-創業者のDNA定着へ

「理想の腕時計を作りたかった」-。新規事業創出部wena事業室の對馬哲平統括課長(27)は、学生時代の夢を入社4年目のソニーでかなえた。お気に入りのアナログ腕時計の美しさとスマートウォッチの便利さを融合したかった對馬氏。電子決済機能を組み込んだレザーバンドの商品化に成功した。

ウェナリスト

Source: Sony Corporation

  ソニーが2014年4月に平井一夫社長直轄の「シード・アクセラレーション・プログラム(SAP)」と呼ばれる新規事業創出プログラム導入から3年。社員による世界初のアイデアの「種(たね)」をスピード感を持って事業化する同プロジェクトで、少しずつだが着実に新たなイノベーションの「芽」が育っている。  

  ソニーは7月上旬、フェリカ内臓のレザーバンド「ウェナリスト・レザー」を発表した。腕に着ければ電子決済で身軽に買い物ができる。對馬氏は14年4月のソニー入社後、社員研修で早速、ウェナリストの原型を試作した。周囲の反響が良かったためSAPに応募。昼休みや終業後に先輩社員に声を掛けてはアドバイスをもらい、自力では10枚程度しか用意できなかった事業提案書を200枚まで膨らませた。

  對馬氏は「専門性の高い人たちが社内にいて、すぐに適切な助言をもらえるのは大企業ならではだと思う」と話す。同年12月、オーディションに無事合格し、3人の同期チームでウェナリストの実用化の一歩を踏み出した。時計と一体化した金属製ベルトの開発には昨年こぎつけたが、今回はまさに對馬氏が念願としていたアナログ腕時計に似合うレザーベルトを完成させた。

アロマスティック

Source: Sony Corporation

  SAPへの挑戦は若手に限らない。16年10月、マイクロ流路という技術を活用した携帯型アロマ拡散器「アロマスティック」の商品化を手掛けたのはOE事業室の藤田修二統括課長(37)だ。視覚や聴覚に訴える商品が多いソニーで、「嗅覚で新たな商品を生み出したい」という一心でSAPに応募、チャンスをものにした。それまでは研究畑一筋で商品開発とは無縁だった。


1600人が応募

  對馬氏の入社直前、ソニーは構造改革の真っただ中にあった。12年3月期で4年連続の最終赤字に陥り、4月にはハワード・ストリンガー氏の後任として平井氏が社長兼最高経営責任者(CEO)に就いた。平井氏はテレビやゲーム事業の抜本的改革に着手し、パソコン事業からは撤退するなどの厳しい経営判断を断行した。

  構造改革の下ではスマートフォンやデジタルカメラに搭載されるイメージセンサーなどの半導体事業や金融事業が業績を下支えしたが、世の中をあっと言わせるようなヒット商品には恵まれなかった。16年3月期の研究開発費は10年前より約18%減少している。

  そんな中、誕生したのがSAPだった。「種」に選ばれるのは容易ではない。3カ月に1回の社内オーディションで有望と評価されて初めて3カ月分の資金や必要な人員が提供され、それ以上の支援を得るためには3カ月で結果を出す必要がある。

  最終的にはクラウドファンディングで資金を集め、市場の評価も得ないと事業化できない。これまで9回の社内オーディションが行われ、応募件数は約600件、応募人数は約1600人に達したが、現時点で事業化されたのはウェナリストやアロマスティックを含め12事業にとどまる。

  社長直轄と言ってもトップダウンではなく、SAPでは自由闊達な環境が保証された。對馬氏は「平井さんも腕時計好きでアドバイスはもらったが、『こうしなさい』と言われたことは一度はなかった」と話す。

盛田氏のDNA

  ソニーの創業者、盛田昭夫氏は社員に「とにかく思い切ってやってみようじゃないか。間違ったらまた変えるのだ」と説いて回ったことで知られる。SAPの取り組みは、創業当時からの企業風土を取り戻しあらためて定着させることにもつながる。 

  ソニーが7月に発表した4-6月期の連結営業利益は、同期としては10年ぶりに過去最高を更新し、2018年3月期の連結営業利益で過去最高の5000億円を目指す同社にとって上々の滑り出しとなった。平井氏は社長就任5年が経過した今期に入り、経営方針説明会や株主総会など事あるごとに「ソニーに自信と元気が戻ってきた」と強調してきた。

  立花証券の内海清人アナリストは平井氏の挑戦について、「ソニーのものづくりのDNAを若い社員に根付かせるのにはプラスになる」と評価。ただ、「例えばソフトバンクの孫正義社長のようにコネクションを生かして大型買収をすることで大きなビジョンを示し、株主や社員に期待感を持たせることも大事だ」と指摘する。

「21世紀のウォークマン」

  今後は、実際にSAPからヒット商品が生まれ、ソニーの稼ぎ頭となれるかが焦点となる。同社広報の多田謙介氏は、SAPの収益化は「これからが正念場」と答えるのにとどまった。

  海東国際証券集団(香港)のジャンルイ・ラファイ-ドニ-氏はSAPについて「現状では余興に過ぎないように見える。平井氏はもっと他の事業に注力した方がいい」と否定的な見方を示す。「SAPからウォークマンが生まれるかって?当面は無関係だろう」

  それでも、多田氏は「もともとソニーには野心を持った人が多く、SAPという場ができたことでそれが実現できるようになった。社内にもいい空気が生まれている」と前向きだ。SAPを通して社内に新たなイノベーションの風が吹けば、内海氏は「トリニトロンテレビやウォークマンのような製品の誕生につながるかもしれない」と期待を込める。

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