1906年、劇場チェーンのオーナーが娘の結婚を祝福するため新居の提供を約束した。新婚の夫婦にとってはこの上のない結婚祝いだ。だが2人がいた当時のサンフランシスコは大地震と火災に見舞われたばかりで、人口の56%が家を失う大変な状況だった。

完成は1909年
完成は1909年
Courtesy of Pacific Union Real Estate

  レオン・ラザール・ルース、エリザベス・レスリー・マイヤーフェルド夫妻の孫に当たるマーク・ルースさんは「地震の直後で、多くに人々がバンネス地区からプレシディオに移った」と語る。地震の際、バンネス地区は延焼を免れるための防火帯だった。夫妻はジャクソンストリートの一角に新居を持った。「このブロックで最初の家だった」そうだ。

メイン玄関。建築にはセコイアが多く使われた
メイン玄関。建築にはセコイアが多く使われた
Courtesy of Pacific Union Real Estate 

  当時共に20歳代前半だったルース夫妻は地元の著名建築家バーナード・メイベック氏に新居の設計を依頼。そして9000平方フィート(約836平方メートル)のチューダー様式の家が完成した。建築には2年かかったという。ルース家が引き継いできたこの家は、建築から1世紀を経て、初めて売りに出されている。サンフランシスコの不動産仲介会社ニナ・ハットバニーのウェブサイトでは、1600万ドル(約18億円)の値が付けられている。

リビングルーム。完成時の雰囲気を残している
リビングルーム。完成時の雰囲気を残している
Courtesy of Pacific Union Real Estate 

  この家が完成した1909年当時、オーナーのためのベッドルーム2室に、お抱え運転手やメイド、バトラーら5人の使用人向けに寝室もあった。グラウンドフロアはセコイアでできた円天井で、サンフランシスコ湾を一望できる大きな窓が特長だ。立派なダイニングルームもこのフロアにある。

ダイニングルーム
ダイニングルーム
Courtesy of Pacific Union Real Estate 

  ルースさんの父親が生まれるとメイベック氏に改装が依頼され、1930年代までに1万313平方フィートという今の広さになった。7室のベッドルームに6つのフルサイズのバスルーム、それにハーフサイズのバスルームが1つ。ベッドルームのうち4室は浴槽付きだ。

当初はオープンテラスだったが、後で窓ガラスがはめ込まれた
当初はオープンテラスだったが、後で窓ガラスがはめ込まれた
Courtesy of Pacific Union Real Estate 

 
  ルースさんの父親は弁護士で1960年代に若くして亡くなり、母親のジェーンさんが残された。その後、ジェーンさんは義母であるエリザベスさんと一緒に旅行をするなど親密になり、ついには義母の面倒を見るためにこの家に引っ越してきたのだという。「少人数で住みやすいよう」再び改装も施されたとルースさんは語る。

小さめの庭もある-眺望が素晴らしい
小さめの庭もある-眺望が素晴らしい
Courtesy of Pacific Union Real Estate 

  ルースさんはエール大学大学院、ルースさんの妻はマサチューセッツ工科大学(MIT)の大学院を出たばかりだったが、程なくサンフランシスコに戻り、この家に住むようになったという。ルースさん夫妻はここで子育てを行い、そして母親のジェーンさんが2016年に亡くなった。遺言状には家は売却するよう記されていた。多くの部屋からは視界が遮られることなく、サンフランシスコ湾を見渡せる。北側3階のベッドルームで「ベッドに腰を下ろせば、金門橋が見える」とルースさんは話す。

サンフランシスコが一望できる
サンフランシスコが一望できる
Courtesy of Pacific Union Real Estate 

  
  今は家族と共にカリフォルニア州マリン郡の大きな家に住むルースさんは、慣れ親しんだ家を売りに出すことに後悔はないという。「子供を育て上げ、母とも過ごした本当に素晴らしい30年余りだった。でも環境の変化は分かっている。誰しもそれを受け入れなければ」と語る。

原題:$16 Million Historic San Francisco House on Sale for First Time(抜粋)

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