日本銀行の木内登英、佐藤健裕両審議委員が今週、最後の金融政策決定会合に臨む。2012年の就任時は政策委員の中で最も金融緩和推進派だった両氏だが、黒田東彦総裁の異次元緩和に対する反対派として足跡を残して退任することになる。エコノミストの間では、両氏の退任で反対票が消滅し、異次元緩和の出口やコストをめぐる議論が一段と低調になるとの懸念も出ている。

  JPモルガン証券の足立正道シニアエコノミストは「彼らの主張や反対票は決定会合の議論の幅を広げ、市場からみると緩和のコストが議論されていることは一つの安心材料ではあった」と指摘する。ただ「彼らの意見が真剣に検討されることも、実際の政策に反映されることもなかった」とも振り返った。

  モルガン・スタンレーMUFG証券のチーフエコノミストだった佐藤氏と野村証券のチーフエコノミストだった木内氏が日銀入りしたのは12年7月。リーマンショックや東日本大震災などの危機に見舞われ、日銀は白川方明前総裁の下で数多くの手を打ったが、円ドル相場が1ドル=78円前後を付けるなど円高を止められなかった。

  日銀は当時、1%を物価安定のめどとして包括的な金融緩和の枠組みを続けていたが、木内氏は就任会見で、今の政策の延長線上で1%の目標を達成できる可能性があまり高くないのであれば、「新たな形の金融緩和を柔軟に考えていくことは当然」と発言。佐藤氏は追加緩和の手段として外債の購入も一案と踏み込んだ。日銀は12年9月、10月、12月と立て続けに追加緩和を実施した。

2%物価目標

  2人にとって転機はすぐ訪れた。衆院選に圧勝し政権に返り咲いた安倍晋三首相の下、日銀は政府との間で13年1月、2%の物価目標を導入しできるだけ早期の実現を目指すとした共同声明を発表。木内、佐藤両氏は同時に提案された追加緩和には賛成したが、現時点における「持続可能な物価の安定」と整合的と判断される物価上昇率を大きく上回るとの立場から、2%の物価目標に反対票を投じた。

  黒田総裁が就任直後の4月の決定会合で打ち出した量的・質的金融緩和には2人とも賛成したが、木内氏は2%の物価目標の達成期限について「2年程度の期間を念頭に置いて」との文言を削除するなど独自案を提出。同月末の展望リポートでは、15年度までの見通し期間の後半にかけて2%に達するという見通しは達成困難として2人とも反対票を投じた。

  木内氏と佐藤氏は14年10月の量的・質的緩和の拡大、16年1月のマイナス金利の導入、同年7月の株価指数連動型投資信託(ETF)の買い入れ倍増など、一連の追加緩和に反対票を投じ続けた。木内氏は追加緩和に伴うコストや副作用に見合わないとの考えがあり、佐藤氏は大規模な資産買い入れの持続可能性に懸念を持っていた。14年10月と16年1月は両氏を含む4人が反対という薄氷の決定だった。 

  東短リサーチの加藤出チーフエコノミストは黒田総裁の異次元緩和は「さらなる緩和が必要とみていた彼らからしても容認するには大規模過ぎた」と指摘。金融緩和派の2人ですら「この過激な政策を止める側に回らざるを得なかった」と語る。

後任

  木内、佐藤両氏の後任は三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済政策部上席主任研究員の片岡剛士氏と三菱東京UFJ銀行取締役常勤監査等委員の鈴木人司氏。片岡氏は金融緩和に積極的なリフレ派として知られ、総裁を含めた9人の政策委員すべてが安倍政権で任命された顔ぶれとなる。

  11年まで10年間審議委員を務め、現在キヤノングローバル戦略研究所特別顧問の須田美矢子は6月のインタビューで、片岡、鈴木両氏について、異次元緩和の副作用を無視し「金融緩和をちゃんと続けてくれる人さえ集まればいい」という印象を持ったといい、審議委員が同じような考えを持つと「かえって大きく間違うということがあり得る」としている。

  木内、佐藤両氏は異次元緩和のコスト面に耳目を集めることには成功したものの、実際に政策を動かすには至らなかった。前回6月16日の金融政策決定会合で、木内氏はマイナス0.1%の政策金利をプラス0.1%に引き上げることを提案、佐藤氏はETF買い入れ額を年6兆円とする提案に反対を投じたが、いずれも現状維持の多数派に一蹴されている。

  JPモルガン証券の足立氏は「去年9月の長短金利操作への移行は、2人の政策持続性に対する主張が寄与した部分はある程度あるかもしれないが、多くは黒田総裁や執行部の懸念をきっかけとしたものだろう」と指摘する。それでも「これほど過激な政策をやっていて、全員が賛成で、何の懸念もないというのは、あまりにもおかしい」としている。

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