「家のローンも終わって、子育ても終わって、今楽しむしかないでしょ」。7年前に大手事務機器メーカーを定年退職した梅本富士夫さん(67) は話す。定年後、自分たちへのご褒美として夫婦水入らずのカリブ海クルーズに行ったのを皮切りに、何度も豪華客船の旅を楽しんでいる。

  天気がよければ、毎週のように趣味のヨットセーリングに仲間と出掛ける。毎年ハワイを訪れ、夏と秋には孫を含む家族総勢13人で国内旅行をする。「欲しい物は特にない。物ではなく、思い出や精神的な楽しみにお金を使いたい」と言う。仕事は食品加工機を製造販売している会社に顧問として週3日ほど勤務するだけだ。

梅本富士夫さん
梅本富士夫さん
Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  プールや映画館、カジノにバーといった娯楽満載のクルーズ客船に、絶景の展望室やひのき風呂などを備えた走るホテルのような豪華列車など、さまざまな高級サービスが登場している。ブランドバックや時計などの「モノ消費」が中心だったラグジュアリー市場は、旅行などの体験やサービスを重要視する「コト消費」に人気が移ってきた。主役は時間とお金に余裕のあるシニア層だ。

  オンライン旅行会社世界最大手のエクスペディアのグレッグ・シュルツ上級副社長は「日本は素晴らしいラグジュアリー市場だ」と説明。従来、中心となってきたモノ消費の発達に「旅行市場はまさに追いつこうとしている」と述べた。

  シニア層を取り込もうと、鉄道会社も工夫を競う。人口減少にあえぐ地方路線に趣向を凝らした列車を走らせ、富裕層やシニア層などの新たな顧客を開拓するとともに沿線の活性化を狙う。JR九州が2013年に運行開始した日本版オリエント急行「ななつ星in九州」が火付け役となった。

海の旅

  JR西日本は6月から豪華寝台列車「トワイライトエクスプレス瑞風」の運行を始めた。山陽・山陰地方を観光しながら巡る5つのコースがある。10両編成で3クラスの客室を設け、最大定員は34人。10~11月出発分の予約平均倍率は17.2倍で、前回の5.5倍を上回る人気だ。最も料金が高いのは世界的にも珍しい1車両丸ごと使った「ザ・スイート」で、2泊3日の2名1室利用で1人125万円だ。JR東日本も5月から「トランスイート四季島」の運行を始めた。

「トワイライトエクスプレス瑞風」
「トワイライトエクスプレス瑞風」
Photographer: The Asahi Shimbun via Getty Images

  海の旅も負けてはいない。「洋上のオアシス」とうたわれる日本最大級の豪華客船「飛鳥II」は、展望大浴場や将棋・囲碁が楽しめる和室があり、ワンナイトクルーズから世界一周まで旅の種類も豊富だ。18年3月出発の102日間世界一周クルーズは料金が300万円台から2600万円台と高額にもかかわらず、4月7日の発売後、ほぼ即日完売した。飛鳥IIを運行する郵船クルーズ広報担当の内牧直之氏が取材に答えた。

「飛鳥II」
「飛鳥II」
Source: NYK CRUISES

  国土交通省の調査によると、16年の船内1泊以上の外航か国内クルーズを利用した日本人乗客数は、前年比12%増の24.8万人となり、過去最多となった。

  バスの旅でも新たな試みが始まった。大手旅行会社JTBは豪華バス「ロイヤルロード・プレミアム」を導入した富裕層向けのツアーを4月から開始した。通常45席の大型バスの座席を全席窓側の10席に減らし、革張りのリクライニングシートと化粧室を装備したデラックスバスだ。同社広報室の神山百合子氏によれば、最も高額なのは9月出発の12日間で東日本を周遊するツアー。旅行代金は2人1室利用で1人約150万円だが、すでに完売しているという。

増える富裕層

  金融コンサルティング会社キャップジェミニの「ワールドウェルスレポート」によると、日本は米国に次いで世界で2番目に富裕層人口が多い。100万ドル(約1億円)以上の投資可能な資産を持つ個人富裕層は15年に272万人となり、前年と比べて11%増加した。

  野村総合研究所の推計では、日本の富裕層が保有する預貯金、株式、債券、投資信託などの純金融資産総額は15年時点で272兆円となり、アベノミクスが始まる前の11年と比べると約45%増となった。株価や不動産などの資産価格上昇が主な理由だという。

小金持ち

  同研究所の宮本弘之主席コンサルタントによると、1億円以上の純金融資産を持つ富裕層の約3分の2の世帯主年齢が50代以上だという。

  宮本氏は豪華列車など高額消費をしている人は、富裕層だけでなく、準富裕層(5000万円以上1億円未満)やアッパーマス層(3000万円以上5000万円未満)にも少なくないと分析。「日本は小金持ちがたくさん生まれるような社会構造となっている。ものすごく収入の高い人は所得税や相続税などが高いが、中間層には年功序列賃金や退職金などがあり、小金持ちが増えていくような構造になっている」と述べた。

  経団連が発表した16年の「退職金・年金に関する実態調査」によると、大学を卒業してすぐに就職し60歳まで勤めた総合職(管理・事務・技術労働者)の平均的な退職金額は、2374万円だった。

  東海東京調査センターの武藤弘明チーフエコノミストは、団塊の世代が定年を迎え元気な高齢者も増えているため、「高齢者の消費は今後ますます増えていくと思う」と述べた。一方で、低所得者層は増えており「所得格差は広がってきている」と指摘。求人側と求職側のニーズが一致しない状況では賃金は上昇しづらく、個人消費全体の加速は難しいだろうと述べた。

  鉄道ファン歴約40年の木村英一さん (54)は、JR東日本が5月から運行を始めた豪華列車「四季島」の3泊4日の旅(スイートルーム1人使用)のために約113万円を支払った。乗車の決め手は同月1日出発の一番列車の応募抽選に当選したから。お金のことは二の次だった。

  「金額だけでいうと高いのは間違いないが、お金のことは忘れて4日間は楽しもうと思って乗った」と木村氏。列車内の設備や料理はもちろん素晴らしかったが、クルーの親切な対応や地元の人々の歓迎など、その場でしか味わえない雰囲気が一番良かったと言い、「お金さえなんとかできれば、また乗りたいですね」と語った。

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