年金界のクジラと称される世界最大の年金基金、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が日本株の運用で導入を目指しているESG(環境・社会・ガバナンス)投資。環境保護などの理念を重視する企業への投資は収益が低下するとみられがちだが、海外の先行事例を調べる限り、そうでもなさそうだ。

  ブルームバーグのデータによると、日本企業に特化したESG指数はまだ少ないが、世界中の企業を対象とするESG関連の運用指標は700本を超える。うちドル建てで構成銘柄が開示されている225指数の配当再投資込み収益率を、それぞれの時価総額で加重平均すると、最近3年間で年率6.6%。代表的な運用指標であるMSCI世界株価指数の5.6%を上回っている。

  環境との共存や社会的責任、企業統治の体制整備を重視すべきだというESGの理念は国内外で支持を得られやすい。ただ、財務諸表のような明確で統一されたルールはなく、銘柄選定の基準などは各社各様だ。GPIFは昨秋にかけて国内株式に関するESG指数を公募し、27件の応募を得た。高橋則広理事長は1月に、対象企業数や時価総額に一定の規模がある指数が望ましいと発言。早ければ3月末までに選定作業を終えたいと述べており、その動向が注目を集めている。

  S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスのサスティナビリティ指数グローバル・ヘッド、マルティナ・マクファーソン氏は「長期的な価値創造を目標とするなら、良いガバナンスは重要だ」と指摘。北欧の投資家が欧州における社会的責任投資の先駆者となったように、GPIFによるESG投資の推進はアジア・太平洋地域で「欠くことのできない先例となるだろう」と述べた。

  GPIFはESG指数の公募に当たり、巨額の資産をさまざまな資産に分散投資する投資家にとって「環境や社会の問題などネガティブな外部性を最小化することで長期的なリターンの最大化を目指すのは合理的だ」と説明。ESG要素の考慮によるリスク低減効果は、投資期間が長期にわたるほどリスク調整後のリターンを改善する意義が大きいと指摘した。

  GPIFの運用資産は昨年末時点で144.8兆円。このうち国内株式は約35兆円で、年金特別会計の約2.5兆円も含めた積立金全体に占める割合は約24%に上る。高橋理事長は1月のインタビューで、ESG投資の規模は「できれば増やしていきたい」ので、構成銘柄数や時価総額に「少し余裕のある指数の方が良い」と述べた。外国株式は約34.1兆円と全体の約23%。将来的に外株にも導入すれば、合計70兆円近くが検討の母体となる。

  ブルームバーグのデータによれば、海外の先行事例のうち、ドル建てのMSCIアジア・太平洋ESG指数は498銘柄で構成され、時価総額は6.5兆ドル超に上る。243銘柄からなるMSCI欧州ESG指数の時価総額も5.7兆ドルに迫っている。日本を対象としたESG指数の1つは構成銘柄が140社で時価総額は221兆円。最近3年間の収益率は年率で約10%とTOPIXの同11%に近い成績を上げている。

  年金財政を長期的に維持するのに必要な運用成績を上げることがGPIFの責務だ。4月下旬の運用委員会でESG指数に関して少なくとも6回目となる議論を交わした際には、事務方は「ESGを考慮しないことそのものがフィデューシャリー(受託者責任)に反するというのが、世界のアセットオーナーのトレンドだ」と発言。「まずはポジティブスクリーニングでなるべく底上げするという趣旨で始めたい」とも述べた。

  大和総研の伊藤正晴主任研究員は「GPIFの使命はあくまで運用成績の最大化であり、ESGの考慮は受託者責任としても当然だ」と言う。「そもそもESG投資とは何か、からして立場によって解釈が分かれ、企業も運用会社も『どうしたら良いのか』と試行錯誤の状況だ」と指摘。GPIFが採用するESG指数が明らかになれば「日本におけるスタンダードの一つになる。実際の投資につながるので影響は大きい」とみる。

アセットオーナー

  S&PDJIの調査によれば、短期的利益の追求から長期的な価値創造への枠組み転換には、GPIFのようなアセットオーナーが鍵を握る。産業ごとの実情を反映した持続性のある指標の組み入れが財務情報と同様に重要だと言う。SMBC日興証券も14日付のレポートで、株主資本利益率(ROE)が低い企業が役員選任議案に対する株主からの圧力に直面すると、長期的にリターンが向上して株価上昇率が平均より高くなると指摘した。

  大和総研の伊藤氏は、ESGで運用成績に最も影響するのはガバナンスだとの見方が多いと指摘。「表面化するのは環境・社会問題としてだが、GがしっかりしていればEもSも大丈夫だろうと判断できるからだ。資産運用は将来に向けてやるものなので、いつ露呈するか分からないリスクの回避にもベストを尽くすことが専門家には求められる」と言う。

  一方、アムンディ・ジャパンの浜崎優市場経済調査部長は、GPIFによるESG指数の導入が一部企業のガバナンス強化を促す効果はあるが、「ガバナンスの強化が良い業績につながるかは定かではない」と指摘。景気動向や業種・個別企業が置かれた環境などに左右されるので「絶対水準はもちろん、相対的にすら、良い結果を得られるかは分からない」と言い、ESGは「何十年もかけてようやく結果が出るようなものだ」と話した。

  金融庁の有識者会議は先月末、投資と対話を通じて企業の持続的な成長を促すため、「責任ある機関投資家」の諸原則と題する報告書をまとめた。GPIFは今月2日、内外株式運用の委託先に対し、投資先企業への議決権行使を含むスチュワードシップ活動を強化するため、ESGへの考慮などを求めた原則を策定。議決権行使については、長期的な株主利益の最大化に資する行使方針の策定や判断理由・結果の公表などを要求した。

  三井住友信託銀行の瀬良礼子マーケット・ストラテジストは「ESGは株価の騰落とは違う投資の『質』の話で、時代の流れだ。GPIFの取り組みに違和感はない」と指摘。ただ、「本当にリスクが減るのかは分からない。環境問題などは1カ国だけでなく世界全体で取り組まないと解決できない。そういうグローバルな視点を示すことは悪くはない」と語った。

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