日本の読者から「ジャネット・イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長と黒田東彦日銀総裁の発言が似通っていて、判別が難しくなってきました」というお便りをいただいた。金融政策を決める米連邦公開市場委員会(FOMC)と日銀の政策決定会合がほぼ同時に開かれるケースが増えているが、6月14日(日本時間15日未明)、FOMC会合後の記者会見に臨んだイエレン議長は「今のインフレの落ち込みは一時的な要因に基づくもので、中期的には2%程度で推移する」と話した。

  日本時間で1日置いて16日午後。黒田総裁は日銀政策決定会合後の記者会見で、「時間はかかっているが、物価目標の2%は達成できる」と発言。日米両中央銀行とも2%のインフレ目標達成で苦慮していることを浮き彫りにした。

  今年初めに2%を一時的に突破した米国でも、物価抑圧は続いており、イエレン議長の記者会見でも、「米国経済はグレートリセッション前に比べ劇的に変化してきた。FOMCの政策対応をうかがいたい」と厳しい質問が出された。これに対して、イエレン議長は「われわれは経済動向を見極めながら予測数値を修正しており、FOMCの長期失業率予測値を4.6%に引き下げた」と、「データ次第の金融政策」を改めて披露するにとどめた。

医薬品価格高騰

  しかし、データは読み方次第で姿を大きく変える。イエレン議長が最近のインフレ率低下の一時的要因として取り上げた処方薬の価格指数を見てみよう。FOMCがインフレ目標の基準とする個人消費支出(PCE)価格指数の一項目である処方薬指数は、今年2月から4月まで前月比で3カ月連続マイナスを記録した。ただし、前年比では今年1月までに何と7%も高騰している。

  医薬品価格の高騰は社会問題化しており、生活者の立場からすれば、物価高騰は家計を強く圧迫する。イエレン議長のように「一時的な変動」で片付けるべき問題ではない。こんなところにも政策当局者には生活者の立場が視野に入っていないことがうかがえる。

  一方、トランプ大統領は1月の就任直後に、ホワイトハウスに製薬会社のトップを招き、「医薬品価格は桁外れに高額だ」と述べ、価格引き下げを要請していた。こうした政治圧力も一因となって、これまでのような大幅な価格引き上げは難しくなりそうだ。

  このように統計の細目を分析すると、平均値とはまったく別の世界が広がってくる。しかも、これはほんの一例にすぎない。物価目標自体の有効性について疑問視する向きが増えてきたが、その基準となる物価統計の平均値も、特に米国の場合、幻想にすぎない。このことは統計をサービス価格、耐久財と非耐久財の3大項目に分解するだけで明確になる。

3大項目に分解

  これはサービス価格が医療、教育、家賃などを中心に異常な高騰を続ける一方で、海外との競争激化や統計手法もあって、耐久財価格が恒常的にマイナスを続けているからである。

  このサービス価格の異常なインフレを耐久財価格のデフレが冷やして、平均値である物価指標が2%近辺で推移しているにすぎない。PCE価格指数は今年2月に前年同月比で2.1%上昇と目標を一時突破したものの、4月には1.7%上昇に減速してきた。

  PCE価格指数をサービス(白線、2009年=100)と耐久財(青線)に分解してチャートで比較すると、×印を描く。このチャートは2%のインフレ目標が機能しないことを訴えかけているようだ。

  非耐久財はエネルギーや食料など変動が大きい項目が多いため、荒っぽい動きを示すが、09年からの年間上昇率は1.5%だった。ことし4月まで一年間では2%上昇で、FOMCのインフレ目標と一致している。

  日銀が物価目標に採用している消費者物価指数(除く生鮮食料、コアCPI、15年=100)をサービス(チャートの白線)と耐久財に分解すると、サービスがほぼ100の水準で安定推移していることが見て取れる。耐久財も12年以降、下げ止まってきた。こうしてみると、FOMCの2%のインフレ目標は幻想。その2%を金科玉条として受け入れた日銀の物価目標は非現実的と言えるが、物価安定から判断する限り、黒田総裁に軍配が上がる。

  もっとも、米国のサービス価格の高騰、耐久財デフレと非耐久財の大変動を見れば、金融政策が物価安定に基本的に何の効果も与えていないことが見て取れる。日銀は1999年からゼロ金利政策を導入。質的量的緩和さらにマイナス金利、イールドカーブ目標まで導入したが、物価変動は0%近傍で安定推移している。これは金融政策が影響したというよりも、経済の構造変化で物価変動が小さくなってきたからだろう。

  1971年以降のコアCPIの前年比を見ると、90年代後半から消費税引き上げや原油高と言った特殊要因による変動を除けば、ほぼ0%で安定的に推移してきた。

真逆のトレンド

  米国のサービス価格と耐久財価格の上下真逆のトレンド進行。日本の物価の低位安定を見れば、物価平均値の2%上昇目標が非現実的なことが浮き彫りにされる。特に日銀のように、FOMCの2%のインフレ目標を金科玉条として異次元の金融緩和を進めていけば、金融市場の機能低下など弊害の恐れが高まるばかりだ。

  一方、FOMCはインフレ目標から下方乖離(かいり)してきたものの、なお利上げ姿勢を強めており、金融緩和の行き過ぎを警戒し始めたといえる。しかし、ゼロ金利導入から9年も経過して、なお政策金利は1-1.25%、量的緩和で約4兆5000億ドル(約500兆円)に膨張したFRBのバランスシートの資産はそのまま再投資され、膨れ上がったままだ。超スローの緩和解除は時遅しの感を否めない。経済の不均衡は限界点に接近しており、いずれ金融暴発が生じるだろう。

  1980年代初頭にかけてのハイパーインフレを制圧したことで名高いポール・ボルカー第12代FRB議長は住宅金融バブルが臨界点に接近した2005年にこう予言していた。「無数の不穏なトレンド、巨大な不均衡。世の中は取り返しの付かない状況になってきた。現状に立脚して見れば、先見性のある政策は期待できず、金融危機によって変化を強制されることになろう」。歴史は繰り返されようとしているようだ。

(【FRBウオッチ】の内容は記者個人の見解です)

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