日本銀行が金融緩和の主眼を資金供給量から金利水準に変更して約9カ月。かつて至上命題だった巨額の国債購入による保有残高の積み上げは、足元の買い入れペースを基に年換算すると60兆円増を下回っている。市場では来年にも40兆円増へ減速すると見込む声が出始めた。

  日銀が年間約80兆円の国債保有増という「めど」を含む金利コントロール策を据え置いた16日の黒田東彦総裁会見。買い入れ規模に関する質問は少なくとも4回あった。実際の購入ペースが「半分以下、例えば20兆円、30兆円」になってもこのめどを変えないのかと問われた総裁は、笑いで顔の表情を大きく崩した。回答の内容は金利をターゲットにする中での「購入額はいわば内生変数で、様々な状況によって上下に変動する」といった模範的な説明に終始した。

笑みを浮かべながら記者の質問に答える黒田日銀総裁
笑みを浮かべながら記者の質問に答える黒田日銀総裁
Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  メリルリンチ日本証券によると、日銀の国債買い入れは償還再投資を含めて足元で年換算96兆円程度だが、1年以内に償還を迎える保有国債が約43兆円あり、残高増は年換算53兆円前後に過ぎない。今年は約60兆円増にとどまり、来年は経済・金融情勢が激変しなければ40兆円程度に減速すると予想。仮に年80兆円増を死守すれば、ゼロ%程度へ誘導している10年債利回りは今年末にマイナス0.2%、来年末にはマイナス0.4%まで低下しかねないと試算する。

  メリル日本証の大崎秀一チーフ金利ストラテジストは、日銀は生命保険会社や年金基金などに逆風となるイールドカーブの過度なフラット(平たん)化を避けたいだろうが「買い入れが強烈なので、金利は上がりにくい。残存10年超のオペをどのタイミングで減らすかだ」とみている。その根拠は、国債の発行残高に占める日銀の保有比率が高まるほど、同じ買い入れ額が及ぼす金利押し下げ圧力が強まる「ストック効果」だ。

  異次元緩和の導入直前に当たる2013年3月末に125.4兆円だった日銀の国債保有額は、今月20日に422.8兆円と約3.4倍に増えた。発行残高に占める割合は13%から40%超に上昇。わずかなプラス圏で伸び悩むインフレ率が急加速でもしない限り、今後も年6%ポイント程度は上昇していく見通しだ。日銀自身も認めるストック効果説に基づけば、金利を一定水準に保つには買い入れを減らしていく必要がある。

  ドイツ証券の山下周チーフ金利ストラテジストの推計によれば、日銀の国債保有割合が1%ポイント高まると、日本の長期金利は3ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)低下する。今後も年6%ポイント上昇するなら、18bpの金利押し下げ要因になると、ストック効果を見積もっている。

不測の事態

  国債市場ではオペを通じた日銀の影響力が強まる一方、民間同士の売買は低迷している。日本証券業協会の統計によれば、金融機関の国債売買高は5月に12.5兆円と1年前に記録した過去最低水準10.1兆円に接近し、過去最高水準の10分の1程度にとどまっている。日銀が今週公表した「国債市場の流動性指標」によると、ディーラーの対顧客取引高は足元で月平均15兆円を割り込み、資料でさかのぼれる05年以降で最低を更新した。

  こうした中、不測の事態に直面した国債相場が不安定化する場面が時折見られている。残存期間1年を超える国債の価格変動率(ボラティリティ、10日ベース)は短中期金利のマイナス幅が急速に縮小した後の16日に2.076%と約3カ月ぶりの水準に上昇。日銀のオペ運営をめぐる不透明感から市場が混乱した後の3月上旬には2.5%を超えた。

  みずほ証券の丹治倫敦シニア債券ストラテジストは、日銀が保有する国債の償還が増えていくため、保有残高の増加ペースは「来年には40兆円台、20年には30兆円台まで鈍っていく」と予想。新規財源債との比較の観点からは、「日銀の残高増が減速すれば民間が保有する国債の減少ペースは緩やかになり、最終的には新規財源債の発行額とほぼ拮抗(きっこう)して、市中残高は減らなくなる」とみている。

市場との対話

  野村証券の元エコノミスト、木内登英日銀審議委員は先週開かれた金融政策決定会合で、資産買い入れ額を操作目標とする枠組みにした上で、国債保有額が年間約45兆円増えるペースへの規模縮小を今回も提案したが、反対多数で否決された。ただ、メリル日本証やみずほ証の予測が当たれば、日銀は金利コントロール策を続けながら、木内氏の主張を超える買い入れの減速を結果的に実現していくことになる。 

  黒田総裁は「めどはめどとして十分機能している」「米国の金利が上がった時に、日本の金利も上昇する傾向がみられる」などと発言。岩田規久男副総裁も今週の会見で、年80兆円増というめどは「残しておいた方が金融政策としては運営がうまくいく。市場に余計な混乱要素を入れる必要はない」と言明した。

  日銀は大量の国債買い入れを背景にした市場機能の低下懸念を受けて、債券市場との対話を強化している。四半期ごとに「債券市場サーベイ」を実施・公表するとともに、国債市場の流動性を測る様々な指標に関する報告書を提出。金融機関の実務担当者との意見交換会も半年に一度の頻度で開催している。

日銀の市場対話強化に関するIMF提言についての記事はこちらをクリックしてください

出口戦略

  日銀が昨年9月に導入した長短金利操作は、短期の政策金利に加えて、長期金利も操作目標とすることによって、イールドカーブ(利回り曲線)を一定の形状に導こうとするものだ。10年債利回りを「ゼロ%程度」に保つとともに適切なイールドカーブを実現するために必要な購入額が結果として減ることは、出口戦略の一環としての能動的な買い入れ縮小と異なる。それでも、日銀の動向を市場が誤解して過剰に反応する可能性は否定できない。

  マスミューチュアル生命保険運用戦略部の嶋村哲金利統括グループ長は、超長期債の利回り低下が続く中で「日銀はいずれオペの減額に迫られる」と分析。市場への対応としては、「年40兆-80兆円増」へのレンジ化が「1つの解決策だ」とみている。必要なら指し値オペなどをちゅうちょなく実施すると明示すれば、過度な金利上昇を抑制できると読む。

  SMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミストと宮前耕也シニアエコノミストも、日銀は国債買い入れ額についての「強弁が永遠に可能という訳でもない」ため、修正を余儀なくされると予想。ただ、円高進行などの景気・物価下押し要因が生じた際の対応余地を残すため、レンジ化して「おおむね現状程度の買い入れペース(年間40兆-80兆円程度)」へ修正すれば良いと話す。

  メリル日本証の大崎氏は、日銀は「やはり為替相場にらみではないか」と言い、先月のフランス大統領選後に円安に振れた場面では中期ゾーンの買い入れを減額したと指摘。当面は米国の景況感と利上げ観測が手がかりになるとみている。

最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中 LEARN MORE