今年、コンサルタント会社に入社したばかりの酒井忠利さん(22)は自分の将来に高望みはしていないという。結婚して子供を育て、孫に恵まれ、時には旅行に出掛ける。そんな「ゆとりある生活」を夢見ている。「転職は考えていない。終身雇用は大事だと思う」。仕事に求めているのはお金ではなく、やりがいだ。

  4月の有効求人倍率がバブル期を上回る1.48倍を記録するなど、雇用環境の売り手市場が続く中、若年層は安定志向を強め、収入増につながるキャリアアップにも消極的だ。政府がデフレ脱却の切り札と位置付ける賃上げが進まない要因の一つとして低い労働流動性が指摘されている。

  総務省の労働力調査(2016年平均)によると、就業者に占める転職者の割合は、若い世代ほど低下傾向にある。06年から10年間で、15-24歳で14.4%から11.5%、25-34歳で7.9%から6.9%に低下した。増加傾向にある45歳以上の中高年層とは対照的だ。

  労働政策研究・研修機構の調査では、一つの企業に長く勤めることを望む20代の割合は15年に54.8%となり、過去最高を記録。調査を開始した1999年の36.6%から大幅に上昇し、30代以上の各年齢層を初めて上回った。終身雇用を支持する20代の割合も過去最高の87.3%だった。

  同機構の郡司正人調査部次長は、現在の若者は「生まれてからずっと景気が良くない時期を過ごしてきた世代だ」と説明。「アベノミクスで株価は上がったが、実感なき景気回復だ。東芝やシャープのような大手企業が倒れて、浮かれていられない環境がある」と分析した。

  今年4月から愛知県で銀行の一般職として社会人生活を始めた山田瑞希さん(23)。就職活動の際は安定性が最優先条件だったと振り返る。両親がバブル世代の山田さんは「バブルは山や谷があって怖い。私は平らがいい」と述べ、「衣食住が満たされ、自分が幸せだと思うレールの上を歩いていきたい」と語った。

賃上げ

  若い世代ほど転職に伴う収入増につながる。リクルートワークス研究所が15年に公表した調査によると、正社員の転職前後の平均年収の増減は年齢が上がるにつれて減少を続け、40代以降ではマイナスに転じる。

  第一生命経済研究所の永浜利宏主席エコノミストは20日の取材で、企業の需要は若年層の方が高いと指摘。長く働いてもらえることや、少子高齢化で若手人材が不足していることを理由に挙げた。特に労働市場の流動化が進んでいない日本企業では、「若い人材を社内で教育し、会社への忠誠心を持たせたいと思う傾向がある」と分析する。

  16年の実質賃金は5年ぶりに前年比でプラスに転じたが、今年に入り再びゼロ%~0.3%減と減少傾向にある。国際通貨基金(IMF)は19日、日本経済に関する審査(対日4条協議)終了後に発表した声明で、労働市場改革を構造改革の第一優先課題に挙げ、「生産性と賃上げ圧力を強化するためには企業間の労働移動を高める必要がある」と求めた。

中高年

  若者が転職に消極的な状況下で、転職市場において中高年が存在感を増している。日本はすでに主要7カ国の中で65歳以上の就業率が最も高く、一億総活躍社会を掲げる政府も企業に対して定年の引き上げや廃止などを求めてきた。大和ハウス工業やサントリーホールディングスなど一部企業で政府の要請に応える動きも出てきている。

  医薬品事業を営む森下仁丹は、「第四新卒」と銘打ち40-50歳代の幹部候補生を公募した。集まった2200人のうち、8割が50歳前後だ。自らも大手商社から転職した駒村純一社長(67)は「役職が絞られ、閑職に追いやられ、うつうつとして過ごしている人が多い」という中高年に、新卒のようなやる気に満ちた気分で来てほしいとエールを送っている。

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