ドイツのヘルムート・コール元首相が16日に死去した。87歳だった。東西冷戦で41年にわたり分断された旧東西ドイツを1990年に統一させる立役者となったほか、欧州の経済・通貨統合を推し進め、メルケル現首相の就任に道を開いた。

  コール氏は16日朝、自宅で死去したとビルト紙が電子版で報じた。同氏がかつて率いたキリスト教民主同盟(CDU)が死亡を確認し、哀悼のメッセージをツイッターに投稿した。

Helmut Kohl in 2010
Helmut Kohl in 2010
Photographer: Andreas Rentz/Getty Images

  コール氏は、19世紀のビスマルク宰相以来、ドイツで最も長期にわたって首相を務めた人物。就任した1982年には、旧ソ連のブレジネフ書記長(当時)が共産圏を支配していた。コール氏は16年後の98年に退陣を迫られたが、東西ドイツ統一を成し遂げた功労者としての名声は不動だった。

  国際政治の舞台では、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ、ビル・クリントンの歴代米大統領のほか、旧ソ連のゴルバチョフ書記長の協力を得た。フランスのミッテラン大統領(同)とも親しく、欧州連合(EU)拡大や欧州単一通貨導入への下地を作った。

  ただ、退陣して間もなく、コール氏の輝かしい経歴に傷が付いた。25年率いたCDUが金融スキャンダルに揺れたほか、私生活にも暗い影が落ちた。ハンネローレ夫人が2001年、日光アレルギーを苦に自殺したほか、息子のワルター氏が11年に出版した著書では政治に没頭し、家庭を省みない父親としての姿が詳細に記された。

  コール氏が時の人となったのは1989年11月9日。ベルリンの壁が崩壊し、旧東独市民の西側への出国が認められた時だった。ゲンシャー外相(当時)の協力を得ながら、コール氏は3週間で東西ドイツ統一に向けたプランを策定。野党はおろか、連立与党のメンバーにも知らせないまま、一気に動きを進めた。90年10月3日、コール氏はベルリンで統一の祝賀行事を指揮した。

  当時のブッシュ大統領は「冷戦を平和に終わらせ、北大西洋条約機構(NATO)の枠組みの中で東西ドイツの再統一を実現すべく、本当に良い友と緊密に働くことができたのは私の人生で最大の喜びであり続ける」とコール氏を称賛。「取り組みを始めてから終えるまで、ヘルムートは岩のようだった。安定し力強い岩だった」と述べた。

原題:Helmut Kohl, Chancellor of German Reunification, Dies at 87(抜粋)

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