ドイツで第1次世界大戦が終わり、第2次世界大戦が始まるまでの短い期間に、製粉業界の大物クルト・カンプフマイヤー氏は、ベルリンの南西にある都市ポツダムで広大な別荘を建設した。

  この別荘は、バーベルスベルク宮殿ツェツィーリエンホーフ宮殿など、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されたポツダムの公園・宮殿群にほど近い場所にある。 

別荘の裏庭側
別荘の裏庭側
Photographer: 16elements GmbH

  別荘の建設以降、カンプフマイヤー家は繁栄してきた。一族の会社は現在、ウェブサイトによると欧州全体で670人余りの従業員を抱える。しかし、別荘の方はそれほど幸運ではなかった。

  「その後、戦争が起きたからだ」と、別荘の現在の持ち主である元投資バンカー、セバスチャン・バルガ・フォンキベッド氏は説明する。ナチス降伏後にフランスや英国、米国などに分割占領されていたベルリンが1961年に壁で東西ドイツに分断されると、別荘は不運にも東ドイツ領に属することになった。

オーク材の羽目板が貼られた玄関ホール
オーク材の羽目板が貼られた玄関ホール
Photographer: 16elements

  冷戦期間中に東ドイツ政府の所有下に置かれた別荘は、「華美なブルジョア的な要素を抑えるため」、壁にしっくいが塗られたほか、部屋は細分化され、窓には板が打ち付けられた。ただ、別荘の本質は全く変わらずに保たれた。

  ベルリンの壁が1989年に崩壊した後、別荘はさまざまな持ち主の間を転々とした。フォンキベッド氏が2012年に購入するまでに別荘は大きく改装されていた。

ダイニングルーム
ダイニングルーム
Photographer: 16elements

  ロンドンに本拠を置くフォンキベッド氏は、別荘を主に投資目的で購入した。同氏は2回目のリノベーションを終えた後、2800万ユーロで別荘を売りに出したが、価格はそれ以降2300万ユーロ(約28億円)に下がっている。

  フォンキベッド氏は「この別荘を購入した時、クルト・カンプフマイヤー氏の娘の1人が連絡してきた」と語った。1939年以来別荘に戻っていないが、また見ることはできるか、と尋ねられたという。そして、カンプフマイヤー家の一員による75年ぶりの別荘訪問が実現した。

  この別荘は結局のところ、ドイツの歴史の一部だとフォンキベッド氏は主張する。「2つ、いや本当は3つの異なるドイツの歴史が共存している」と述べた。

原題:Buy a $26 Million Jewel of a Villa Nestled Among German Palaces(抜粋)

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