矛盾だらけのトランプ政策、ドル高阻止で飛び火も-渡辺元財務官

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  • 「アメリカファースト」ではなく「アメリカワースト」の恐れ
  • 全世界に対して輸入課徴金をかければ米国民にはドル安と同じ効果

大規模な景気刺激策と貿易赤字の縮小を同時に掲げつつ、低金利政策の継続とドル安を望むトランプ米政権。元財務官の渡辺博史国際通貨研究所理事長は、矛盾に満ちた米政策ミックスは「アメリカワースト」をもたらし、日本銀行の金融緩和にも悪影響を及ぼしかねないとみている。

  「経済が伸びてインフレが徐々に出て来て、なおかつ金利を上げない選択肢があり得るのか。どこかを諦めるしかない」。渡辺氏は10日のインタビューで、米政策の問題点をこう指摘。輸出の大幅増がすぐには見込めない中で、貿易収支を改善するために「輸入を減らせば、需要供給曲線から言うとモノの値段が上がる。ドルが高くなれば輸入物価の上昇を抑えられるが、ドルを安くしろと大統領が仰るわけだ」と述べた。

渡辺元財務官

Photographer Junko Kimura-Matsumoto/Bloomberg

  矛盾する政策目標を追求した結果、インフレが加速すれば「米国の消費者にはろくな事にならない。アメリカファースト(米国第一)ではなくアメリカワーストになるだけだ」。「受益するのはせいぜい数千万人の下の方」にすぎない半面、インフレは「3億数千万人の全てに効く。実感するのに半年程度かかる。米国人が諦めるのは構わないが、他国には迷惑だ」と苦言を呈した。

  米下院は4日、医療保険制度改革(オバマケア)代替法案を僅差で可決し、審議は上院に移った。トランプ政権は同法案が景気刺激策の財源確保にもつながると期待している。景気が計画通りに良くなれば、金利上昇につながる可能性もある。

  イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長ら米国の金融当局の高官の多くは利上げを進めることに前向きだが、トランプ大統領は米WSJ紙に先月、「低金利政策」が望ましいと発言。また、貿易赤字の縮小を掲げ、国内の雇用改善と産業を守るために、日本などとの通商協定に取り組む構えを鮮明にしている。

  米国の対日貿易赤字は3月に約9年ぶりの水準に拡大した。ロス米商務長官は知日派とされるが、4日の声明で日本をメキシコとともに名指しで懸念を表明。米国際貿易委員会(ITC)は翌日、日本などからの輸入鋼板が適正水準を下回る価格で販売されていると認定し、米商務省が制裁関税を課す見通しとなった。米商務長官は後に、他国の通貨がドルに対して安過ぎることが問題との見解を示している。

  渡辺氏は、米国の貿易赤字は「不公平の問題ではなく質と技術の問題が根っこにある」ため、仮に日本を排除してもドイツなど他の先進工業国に輸入先が移るだけだと指摘。ドルは信頼性や兌換(だかん)性に優れているので「そう簡単には安くならないが、どうしても輸入を減らしたければ中国など特定国だけでなく全世界に対して輸入課徴金をかければ、米国民にとっては購買力の減殺を通じてドルの価値を下げるのと同じにはなる」と説明した。

  円の対ドル相場は昨年11月の米大統領選直後に付けた1ドル=101円台から年末にかけて118円台まで下げた後、先月にはトランプ大統領のドル高けん制発言などを受けて約5カ月ぶりに108円台に上昇した。足元では、米長期金利の上昇を背景に114円台まで下げている。世界経済の枠組みに大きな変化をもたらした1971年のニクソンショックが起きるまで360円の固定制だった相場は、2011年には75円35銭まで円高に進む局面もあったが、米国の貿易赤字が減る見通しは立っていない。

  渡辺氏は1972年に大蔵省(現・財務省)に入省。政府・日銀は2003年度に約35兆円の円売り介入を実施したが、同氏が財務官だった04年7月からの3年間は円の実質実効レートが70年代以来の水準に低下したこともあり、一度も介入を実施しなかった。退官後は一橋大学大学院教授などを経て国際協力銀行(JBIC)総裁を務め、昨年10月に現職に就いた。自民党政権下の08年には日銀の副総裁候補に指名された経緯もある。
  

貿易問題

  「東京外国為替市場でも貿易の決済は全体の8分の1程度で、他はポートフォリオ(投資関連)だ。赤字を無くすように為替が決まることは過去にもなかった」と、渡辺氏は指摘する。「米国人が国内の生産能力を超えて消費している」のが貿易赤字の原因であり、長期金利の指標となる10年物国債利回りの日米格差が「300ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)以上開くと基本的にはドル高になる」と言う。

  黒田東彦日銀総裁は、為替相場が貿易収支に与える影響を限定的とみており、10年債利回りを「ゼロ%程度」に誘導する長短金利操作を柱とする金融緩和策を堅持する方針だ。10年債利回りの日米格差はFRBが利上げした3月に254bpと約9カ月間でほぼ100bp拡大した。

  渡辺氏はトランプ大統領の発言にもかかわらず、米国の金利先高観が失われないと指摘。「市場も最近は誰が何を言っても無視している。口先介入も指先介入も効かない。政治的に市場が動かなくなってくる意味では良い兆候かもしれない」と言う。ただ、米金利が上昇する環境では円安要因となる日銀の金利コントロール策に対し、トランプ大統領が「けしからん」と批判の矛先を向ける恐れはあるとみている。

為替政策

  トランプ大統領は1月末に「マネーマーケット」「金融市場」に言及する形で日中の通貨安を批判。安倍晋三内閣が対応に追われる場面があった。日本の国債市場では、日銀が進める金融調節に対する疑念も加わって相場の混乱に拍車が掛かり、利回りが大幅に上昇。日銀はオペの実施日や金額の範囲を事前に予告する運営の改善に追い込まれた。

  米財務省は半期に一度の外国為替報告書の中で、日本と中国、ドイツ、韓国、台湾、スイスを「監視リスト」に引き続き指定した。対米貿易黒字が200億ドル超、経常黒字が国内総生産(GDP)の3%超、GDPの2%規模の海外資産購入による継続的な通貨安誘導のいずれかに抵触することが理由だ。

  円については、実質実効レートが過去20年間の平均に比べて20%安いと指摘。為替介入は極めて例外的な状況に限り、適切な事前協議の下でのみ認められるとし、柔軟で透明性のある為替政策を目指すよう求めた。日本の貿易黒字は昨年5.5兆円と経常黒字全体の3割未満にとどまったが、対米国では貿易黒字が経常黒字の約3分の2。昨年7343億ドルに上った米貿易赤字の9%は日本からで、中国に次ぐ大きさだった。

  渡辺氏は、主要貿易の相手国・地域の通貨に対する総合的な強弱を内外のインフレ格差も加味して算出した実質実効レートの低下は貿易黒字につながっていないと指摘。「経済学的に考えると、デフレが長期化して大騒ぎしている日本の通貨が強かったのはおかしい。実質実効レートだけで議論すること自体にあまり意味がない」と指摘した。

  算出方法に関しては、「為替相場が貿易で決まらないのに実質実効レートの『実効』の部分を貿易額の比率で計算している」と言い、米国との資金取引が全体に占める割合は投資関連の方が貿易決済より「はるかに大きいので、米国のシェアを50%程度にしないと本当の意味での実効レートにならない」と説明した。議論の際に参照する基準値としてなら良いが、実質実効レートを諸問題の原因とみるのは妥当ではないと言う。

  12、13日にイタリアのバーリで開かれる主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議について渡辺氏は、今回は金融規制などの技術的な議題が多く、為替に関する話も盛り上がらないので、市場のボラティリティが高まる可能性は低いと予想。すでに焦点はハンブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会議に移っていると指摘した。

  為替問題については、輸出企業にとっては円安が良いが消費者は円高の方が購買力が高まるといった「プラスマイナスの両面がある」と指摘。トランプ政権下の「米国でも為替が安くなると良くなる人と悪くなる人の両方がいるはずだ。全体に目配りしないといけないのに、一カ所だけを見て議論しているので話がまとまらない。そういう議論をG7でやれば、それはそれで一つの意味がある」と語った。

(第10段落以降を追加して更新します.)
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