東京五輪を目指し、公共の場を禁煙にする日本の取り組みが暗礁に乗り上げている。受動喫煙防止に向け健康増進法改正を検討していた政府と自民党との間で、全面禁煙か分煙かという規制のあり方をめぐり調整が難航。党内では今国会で法案が成立しなければ、法規制がない状態で2020年を迎えることになるとの見方もある。

東京都内の路上喫煙禁止区域
東京都内の路上喫煙禁止区域
Photographer: Behrouz Mehri/AFP via Getty Images

  「法規制がない状態で五輪のお客さまをお迎えするのは恥ずかしい」。法案をとりまとめる自民党厚生労働部会の渡嘉敷奈緒美部会長は、議論が進まないことへの「もどかしさ」を語った。東京五輪を前に受動喫煙防止への機運が盛り上がっている今を逃すと「あらためて調整をしてまで法案提出しようという動きにはならない」という。

  争点になっているのは、公共の場を原則禁煙にするか分煙にするかという問題だ。厚生労働省は他の五輪開催国と同水準の対策が必要として、公共の建物内は全面禁煙、飲食店は原則禁煙だが小規模なバーやスナックは例外とする対策強化案を公表。自民党は飲食店経営への影響を理由に店側が「禁煙・喫煙・分煙」を選び表示を義務づける対案を提案したが、両者の溝は埋まっていない。

  塩崎恭久厚労相は、法案提出の前提となる厚労部会を開くよう党に要請するなど調整を進めているが、25日現在、健康増進法改正を議論するための部会開催予定はない。11日の記者会見では、世界保健機関(WHO)からは公共の場での喫煙の完全禁止を全国レベルで実施するよう強い要請を受けたと明かした上で、「健康増進法の今国会提出に向けて大車輪で作業していければ」と語っている。

世界に後れ

  国際オリンピック委員会(IOC)は1988年から選手村や競技場を禁煙とする「たばこのない五輪」を推進してきた。2010年にはWHOとの合意を受け、開催都市が全面に禁煙する方針を打ち出した。厚労省の資料によると、08年の北京五輪から18年に開催予定の平昌冬季五輪(韓国)まで全ての開催国が罰則を伴う法規制を実施している。

  WHOのダグラス・ベッチャー部長は7日、日本外国特派員協会で会見し、「日本は最先端技術を持つ国なのに受動喫煙の分野では世界に後れをとっている」と述べた。国民を死の危険にさらすことから守るために、東京五輪前の今が「黄金の機会」であり、「極めて重要なタイミングにある」との見方を示した。

  厚労省によると、国内では年間1万5000人が受動喫煙がなければ死亡せずに済んだと推計されており、受動喫煙者の肺がんの罹患(りかん)リスクは1.3倍、乳幼児突然死症候群は4.7倍となっている。WHOの15年調査では、公共の場すべてに屋内全面禁煙義務の法律があるのは世界188国中49カ国。

  一方、自民党のたばこ議員連盟は、分煙を掲げた対案の基本理念として、受動喫煙を避けたい人の権利を侵害してはいけないが、合法な嗜好(しこう)品であるたばこ喫煙者を社会的悪者として排除することはあってはならないと主張。議連の野田毅会長はホームページで「吸わない人の権利とともに、吸う人の権利も考えて、禁煙より分煙、目指せ分煙先進国になれるよう議連で考えていく」と述べている。

売り上げ減少

  強すぎる規制の経済への影響を懸念する声も根強い。外食産業800社が加盟する日本フードサービス協会の石井滋業務部長は、「居酒屋や喫茶店などで完全禁煙が実施されれば売り上げ減少は否定できない」と電話取材に語った。飲食店では客層を見ながら店ごとの対応を検討しており、「そこを一律にというのはいかがなものか」と異議を唱えた。

  調査会社の富士経済の調査によると、厚労省案が適用された場合の外食市場への影響は8401億円のマイナス。居酒屋などは顧客の喫煙者の割合が53.8%と高く、店舗面積50平方メートル未満の狭い店が71%を占めることから受動喫煙防止策を講じることも難しい。全面禁煙になった場合、客数減少を見込む店舗の割合が高いという。調査は東京、愛知、大阪の3都市圏の居酒屋や喫茶店、レストランなどを対象に行った。

  日本たばこ産業(JT)は2月の発表資料で、厚労省の案そのままでは、さまざまな業種業態の施設管理者の方や事業者の方の実情が考慮されていない一律厳格な規制をかける内容となり、合理的かつバランスの取れたものにはならない懸念があると指摘。広報担当の白須正人氏は24日の取材に、同社のこうした姿勢に変更はないとの認識を示した。

日本式の対応

  1958年創業の台東区の「鳥清」は、カウンターに8席、小上がりの畳席にテーブルが3席の焼き鳥屋で、テーブルには灰皿を置いている。営業職の接待利用も多く、どの時間帯も数人の喫煙者がいるが、これまで苦情を受けたことはない。3代目店主の田中聡さんは、「昔と違って喫煙者は周囲に気を遣いながら吸っている。日本人は気遣いができるのだから海外と同じ基準にする必要があるか疑問だ」と述べた。

  自民党の渡嘉敷氏は「最低限のルールを示せば、きちんと対応をしてくれるのが日本人」だとして、政府の規制は基本的な考えにとどめ、後は自治体の取り組みに委ねるのがひとつの案だと述べた。五輪開催時に「たばこ規制すらない、みっともない姿で外国人をお迎えはしたくない」との思いは変わらないという。

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