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亡き父のレシピと偶然の再会、撤退危機乗り越え人気店に-串カツ田中

  • 父親の味は「本当においしかった」とアルバイト出身の田中副社長
  • 東京撤退を準備していた貫社長は「最後やし、やろか」と賭けに

軒先にぶら下がる赤と黄色のちょうちん、「名物串カツ 大阪伝統の味」と書かれた白地の看板が、東京の住宅街でひときわ目を引く。秘伝のレシピと安さを売りに居酒屋業界で快進撃を続ける串カツ田中のトレードマークだ。昨年東証マザーズに上場し、株価が依然として初値を3割超上回る同社の成長ストーリーは、東京撤退の準備を進めるさなかに起きた偶然の再会から始まった。

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串カツ田中の店舗

Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  串カツ田中の味の原点は、大阪・西成出身の田中洋江副社長の亡き父・田中勇吉さんがA4サイズの4分の1ぐらいの紙に走り書きしたレシピ。同社の誕生秘話を語る上で欠かせないこのレシピは、米リーマンショックの影響で東京の京懐石料理店の経営が傾き、貫啓二社長から「大阪へ帰ってくれへんか」と宣告された田中副社長が帰阪のため家を少しずつ整理していた時に偶然見つけた。

Kushikatsu Tanaka executive vice president Hiroe Tanaka

田中洋江副社長

Source: Kushikatsu Tanaka

  もともと広告代理店のOLで当時アルバイトとして貫社長を手伝っていた田中副社長。子供のころ父親が作ってくれた串カツが大好きで、いつかは串カツ店をやりたいと思い続けていた。懐石料理店の職人の手も借りながら8年ほど試作を繰り返してもなかなか「父親の味」を再現できなかったが、この衣・油・ソースのマッチングであるレシピを基に家の台所で作ってみたら「本当においしかった」。田中副社長の願いを受け、貫社長も「最後やし、やろか」と、この「父親の味」に賭けてみることにした。

貴重なノウハウを蓄積

Kushi Katsu Tanaka Co. president Keiji Nuki

貫啓二社長

Source: Kushi Katsu Tanaka

  2008年12月に東京・世田谷の住宅街に1号店を出店。知り合いに反対されながらも、土地勘のあった貫社長は「あったら助かるのではないか」という思いでスタートした。開店当初は「客はパラパラ、これで終わるのかな」と不安な日々が続いたが、3月あたりから売り上げが伸び始め、半年後の月商は目標の400万-450万円を大きく超え800万円に達した。

  ことし2月現在の店舗数は140店、17年11月期は40の出店を計画している。貫社長は住宅街での成功を「計算ではなく、ラッキー」と、あくまで控えめだが、そこでの苦労が貴重なノウハウとして蓄積された。「渋谷でスタートしていたら40店舗とかで次はどうしようと思っていただろう」と貫社長。「いまの飲食業界なら成長ペースはトップクラス。大手チェーンの年間出店数が軒並み減る方向にある中、断トツで伸びている」と、今では繁華街を含む出店余地の大きさに手応えを感じている。

  スピード出店を支えるのは全体の約6割を占めるフランチャイズだ。田中副社長は当初「他社が入ってくるとレシピはもちろん、串カツ田中への思いが薄れてしまう」との不安から、フランチャイズ化には慎重だった。ただ、人気の串カツ田中を模倣した店の出現が、スピード展開に舵を切るきっかけとなる。「串カツは関東に店が少ないので、脂っこい串カツを食べて嫌われたら、串カツの業態そのものが危機になる」と貫社長。スピード展開は串カツを根付かせたいという思いから導かれた答えだった。

  17年11月期は売上高が前期比28%増の51億円、営業利益が23%増の3億9000万円と、7期連続の増収・増益見込んでいる。エース経済研究所の澤田遼太郎アナリストは「単一業態での展開のため、出店するに従って業績が拡大するモデル。出店候補地の確保が計画に達しないとトップラインは伸びないが、幅広い立地に対応しているため出店余地も大きい」とみる。ただ、成長の速さゆえ「人材の確保が課題」との見方も示した。

人生そのもの

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ソースの二度づけ禁止は大阪流

Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  串カツ田中の人気の秘密はその味とともに安さがある。串カツメニューは100-200円で約30品目、このうち6割を100円と120円が占める。同社は客単価を2400円程度に設定しており、現状でも値ごろ感は他の居酒屋に引けを取らない。それでも「まだまだ下げていきたい」と貫社長がこだわるのは、串カツを広めるためには価格が極めて重要と確信しているからだ。

  「安くなればなるほどパイが大きくなる。僕らは串カツを日本の食文化にしたいし、そのためには量がいる。量の経済が働けば価格交渉ができるため、お客にも貢献できる」と貫社長は説く。「いま売れているからこの価格でいいと思うと、ライバルが出てきていずれ負ける。量の経済を利用して、物まねができないことをやっていかないといけない」と話した。

  貫社長が最初に大阪で始めた店に、友達に誘われて飲みに行った田中副社長。その1999年当時、店を1人で切り盛りする貫社長に声を掛け、アルバイトとして手伝うようになる。それから17年、16年9月14日に串カツ田中は東証マザーズに新規上場した。
  
  田中副社長は上場当日、仏壇の前で亡き父に「串カツのレシピを残してくれたこと、串カツを好きにさせてくれたこと」に感謝の言葉を掛けたと言う。B級の串カツもコース料理で出てくる串カツも大好きで、記念日にはいつも食べる田中副社長にとって、串カツは「人生そのもの」だ。

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