灰色の高炉が城のようにそびえ立っている。足元には、八幡製鉄所を核としたかつての企業城下町が広がる。高炉の火が消えてモニュメントに姿を変えてから月日は流れ、何万人もの雇用が失われた町に高齢化の波が押し寄せる。

  製鉄所周辺の変遷は、製造業の空洞化を埋める難しさを物語っている。一部はユネスコの世界遺産となり観光の呼び水として期待がかかるが、遊休地に1990年にオープンした遊園地「スペースワールド」は今年限りで閉園。かつて製鉄所の従業員でにぎわった地元の商店街は苦境にあえぐ。

スペースワールド
スペースワールド
Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  北九州市は今、深刻な人口減少に直面している。政府の国家戦略特区制度の下で「高年齢者の活躍や介護サービスの充実」の特区として指定され、高齢化や労働力不足といった現在の日本の課題に挑む。隣接する商業都市の福岡市が「グローバル創業・雇用創出特区」として指定を受け、人口も急増しているのとは対照的だ。

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  北橋健治市長(64)は「新しい産業というのはそう簡単には生まれない」としながらも、成長のけん引役として、観光や、人手不足を補うロボット、24時間運用している北九州空港、洋上風力ファームといった分野を挙げた。

  北九州市は八幡など5市が合併し1963年誕生。福岡市よりも先に100万人都市となったが、1979年の約107万人をピークに人口は減少に転じた。現在は約95万4000人で、うち29%程度が65歳以上。国勢調査によると、2015年までの5年間で1万5000人以上減少した。これは東日本大震災後の福島県の避難地域を除けば全国の市町村で最大となっている。

  経済産業省の工業統計調査によると、同市の製造業の仕事は79年から半分以下に減った。1985年のプラザ合意以降の円高や経済のサービス産業化が進んだ結果だ。

物づくりの町

  同市の将来を語る上で欠かせないのが町のDNAである物づくりだ。産業用ロボットなどで世界をリードする安川電機、「ウォシュレット」で温水洗浄便座の先駆者となったTOTOと名だたる企業が本社を構える。安川電機とTOTOの株価は過去1年でそれぞれ74%、21%上昇している。工業地帯の夜景は産業観光の目玉として期待され、市が力を入れる環境都市としての発展もかつての製造業による深刻な公害を乗り越えた結果だ。

  地元の物づくりルーツ、官営八幡製鉄所は1901年に開設された。海に面し、石炭を豊富に産出する筑豊地方の近くに立地、日本の経済発展に大きく貢献した。八幡製鉄所を現在所有する新日鉄住金のホームページによると、同製鉄所にはなお約4200人が働き、新幹線のレールなどの高性能、高品質製品を製造しているという。同社はブルームバーグの今回の取材要請に応じなかった。

新日鉄住金八幡製鉄所
新日鉄住金八幡製鉄所
Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  「物づくりのまちですよね。今もそう。八幡でないとできないものを作っている」と話すのは約40年間にわたって八幡製鉄所で勤め上げた山村明則さん(78)だ。最盛期には5万人近くの人が働いていたと言い、職員番号「36856」は今でもはっきり覚えている。

  山村さんは現在、世界遺産に登録された同製鉄所の「旧本事務所」の近くに設置された眺望スペースで市の観光案内ボランティアをしている。製鉄所で働いていたころは、水、塩、梅干し、塩昆布、ビタミン剤をいくら取っても、汗が厚手の衣類に吹き出し白く固まっていたという。

  仕事帰りに現在の八幡東区中央にある商店街で飲んだり、食べたり、騒いだりしたという。時代とともに製鉄所が全国に広まり効率化も進む中で、地元での雇用は減り、今は「空き家が目立つ。人が少ないと商店街のシャッターも降りてしまう」と山村さんは話す。

  近くにできた大型駐車場付きショッピングセンター、イオンモールにも押され、商店街にかつての活気はない。3月上旬の日中に歩いてみると、元スナックの建物にはビニールひもが張られ「危険 立入禁止」と書かれていた。アーケードの街灯で明かりがついているのは数本おき。点滅したままの街灯もあった。

北九州の商店街を歩く婦人
北九州の商店街を歩く婦人
Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  商店街の紳士服店「フタバヤ」の占部正弘さん(73)は、昭和の大横綱、双葉山のファンだった父親が始めた店をずっと守ってきた。占部さんは「製鉄所の関連で栄えた町だったから製鉄業が良くないと、どうしても」と話す。「福岡市にいいところを全部持っていかれよる感じだから。製造業は若い人には難しい」と言った。

八幡ギョーザ

  商店街から通りを挟んだビルには、高齢者にデイサービスなどを提供するエルダーサービスが入居する。昼ごろに訪れると、常務の亀井郁子さん(61)が高齢者にギョーザをふるまっていた。「八幡ギョーザ」は製鉄所で働く人のスタミナ源として広まった町のソウルフードだ。

  亀井さんは、人材確保が「ほんとに難しくって」とため息を漏らす。 ハローワークでも求人しているし、採用者にはお祝い金も出しているが、「働く側が高齢化してきている」と言う。

  亀井さんも製鉄所とともに人生を歩んできた。八幡製鉄所で働いていた兄から、製鉄所が設立した看護学校のことを聞き、熊本から北九州に転居して入学した。その後製鉄所の社員と結婚、子供とはスペースワールドで遊んだ。市が公害を乗り越え「世界の環境首都」を目指す取り組みは評価するが、「私はやっぱり観光なのかなと思う」と言う。

「1901」

  一歩外に出ると亀井さんの職場からも、そびえ立つ高炉が見える。上部に掲げられた「1901」という文字も日中なら鮮明だ。夜が更けると、高炉の周りのさまざまな工場にも明かりがともる。

  亀井さんが好きなのは近くの皿倉山からの眺めだ。市のウェブサイトによると、皿倉山からの夜景は「新日本三大夜景」の一つに数えられている。標高622メートルの山から市街を見下ろすと、高炉の周りには無数の光がまばゆく輝いていた。

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