米医療保険制度改革法(オバマケア)の代替案の撤回で、トランプ相場の肝である財政刺激策の実現性に不透明感が広がっている。昨年の米大統領選以降、主要通貨でドルに対して最も売られた円はどうなるのか。外国為替市場の関係者は1ドル=110円を超える円高の可能性に身構え始めている。

  「こんなことで混乱しているならインフラ投資をお願いするどころではない」。三井住友銀行の岡川聡シニア・グローバル・マーケッツ・アナリスト(シンガポール在勤)は、トランプ米大統領が掲げる減税案やインフラ投資の機運、それらの規模が削がれれば「将来的にはドル安に結び付く」と指摘する。

ライアン米下院議長
ライアン米下院議長
Photographer: Andrew Harrer/Bloomberg

  米下院共和党は24日、可決に必要な票を確保できなかったとしてオバマケアを改廃する法案の採決を断念した。同法案はトランプ政権が税制改革などの目玉政策を実行できるかどうかを占う最初の試金石として注目されていた。ドル・円のオプション市場では、ドルを買う権利に対してドルを売る権利のプレミアムを示すリスク・リバーサル1カ月物が昨年11月の米大統領選以来の水準まで拡大し、ドル安・円高への警戒感の高まりを示唆している。

  

トランプ米大統領
トランプ米大統領
Photographer: Olivier Douliery/Pool via Bloomberg

  為替市場では、今月半ばからドル売り・円買い傾向がすでに強まっていた。3月14、15日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)で今年の想定利上げ回数が3回から増えず、市場にとって期待外れとなったためだ。115円前後だったドル・円は、FOMC会合後に下落に転じ、先週にはオバマケア代替案の採決をめぐる混乱で約4カ月ぶりとなる110円台までドル安・円高が進んだ。

  一方、ドル・円相場の底流にある日米金利差はどうか。名目金利からインフレ期待を示すインフレスワップ金利を差し引いた予想実質金利の日米格差は昨年11月から拡大し、今月中旬には13カ月ぶり高水準に達した。日本の1月消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)は前年比0.1%上昇と2015年12月以来のプラスに転じたが、原油価格の持ち直しによるところが大きい。日本銀行も今月の決定会合後に公表した声明で、「予想物価上昇率は弱含みの局面が続いている」と指摘している。 

  三菱東京UFJ銀行グローバルマーケットリサーチの内田稔チーフアナリストは、「米国で政治からくる景気浮揚期待がしぼんでしまうとドル高が和らぎ、為替のドル安に連動しても日本の期待インフレもしぼんでしまい、それが日本の実質金利を押し上げて円高になり、さらに追い打ちをかけるというサイクルになりかねない」と指摘。まずはドル・円が年央までに108円台に入るかどうかに注目しているとした上で、トランプ期待の剥落がすでに始まっている可能性があり、「年末の着地を107円より少し下げるかどうか下方修正を検討している」と語った。

  3月のFOMC会合以降、円は対ドルで3%高となったが、昨年11月の米大統領選以降では6%安と主要16通貨の中で最も下落している。米商品先物取引委員会(CFTC)によると、シカゴマーカンタイル取引所(CME)国際通貨市場(IMM)の先物取引非商業部門では、ドルに対する円の売り越しが14日時点で7万枚台まで拡大。直近の21日時点では6.7万枚に縮小したものの、1月以来の高水準であることは変わらず、円の買い戻し余地は大きい。

  内田氏は、「円はまだ一番売られた状態なので、割安感からの解消という買い戻しも入るだろう」と指摘。米国債の需給面からも、増発懸念やFRB(米連邦準備制度理事会)のバランスシート縮小議論など悪化要因が多く、日本の投資家が新年度入りとなる4月から米債投資を積極化する判断は「まだできない」とし、「あまり円売りが出にくい時間帯が続く」とみている。 

テクニカルも円高リスクを示唆

  ドル・円は昨年12月に10カ月ぶりとなる118円台まで上昇する課程で週足の一目均衡表の雲を上抜けたものの、先週に雲の上限(111円39銭)を割り込んだ。週明け27日の東京市場ではドル・円が一時110円26銭まで下落し、昨年11月以来のドル安値を更新した。

  GCIアセット・マネジメントの岩重竜宏チーフFXストラテジストの分析によると、111円35銭のサポートの下でドル・円が定着すると、トランプラリー以降のドル高値は昨年12月の118円66銭で完結となり、「ダブルボトムのネックラインが位置した107円50銭を目指す長期的なドル売りシグナルが発動されることになる」。
  
  みずほ証券の鈴木健吾チーフFXストラテジストも、心理的節目の110円を割り込めば、昨年終盤の上昇の半値戻しにあたる109円台前半や過去1年間の平均を示す200日線が位置する108円台までドル安・円高が進む可能性はあると指摘。その上で、108円程度までの円高であれば、再びドル高・円安に戻るシナリオは維持できるとし、「それより行くとトランプ大統領への期待が完全に消えたということになる」と語った。 

欧州発の円高リスク

  仏大統領選の第1回投票まで1カ月を切った欧州の政治動向や、金融緩和の拡大路線からの転換を探り始めた欧州中央銀行(ECB)の金融政策も円高をもたらすリスクとして警戒されている。   

  三井住友銀の岡川氏は、「フランスは今のところ大丈夫そうだが、反省として去年のことがある」とし、極右政党が躍進すればユーロ・円に引きずられてドル・円も下落し、円高が進むと予想。三菱東京UFJ銀の内田氏は、ECBの金融政策が正常化に向かうとの観測でユーロ・ドルが底堅しさを増しており、「ドル自体がそう簡単には上がれなくなってくるというフェーズに徐々に移ってきている」ことも円の先高観につながってくると指摘している。

  ユーロ・ドルは年明けに1ユーロ=1.0341ドルと14年ぶり安値を付けた後、上昇に転じ、足元では一時1.0850ドルとECBが量的緩和の延長・減額を発表した昨年12月8日以来の高値を付けている。

円高に限界も

  一方、三井住友銀の岡川氏は、FRBが年内複数回の利上げを見据える中で、ドル安・円高の進行にも限界があるとみている。同氏が注目する日米2年物スワップ金利差は、ドル・円が100円前後だった昨夏に1%前後だったが、足元では1.5%台まで拡大。「金利差から言えば、今の105円はおそらく100円くらいのインパクトがある」とし、一時的に110円を割り込んでも108~109円が限界で、「米国が利上げすればするほど絶対金利差は広がるので、時間効果で通貨に対して効いてくる」と分析している。

  岡山県機械金属工業厚生年金基金で運用執行理事(CIO)を務める木口愛友氏も、「基本ラインは日米金利差は開く方向にある途中段階で、何も変わっていない」とし、日本がデフレに再突入しないかぎり、100円を突破するような円高の可能性は低いとみている。

  SMBC信託銀行プレスティアの二宮圭子シニアFXマーケットアナリストは、「これまで発表されている米経済指標で製造業のマインドが明るいのは確かであり、政策を差し引いてもFRBが6月、9月と利上げを決定すればバランスシート縮小への期待感が米金利の上昇につながってくる」と予想。米長期金利が名目ベースで2%を下回ったり、実質ベースで昨夏のようにマイナスになることにならなければ、いずれ相場の流れが転換してくると読む。

最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中 LEARN MORE