バブル崩壊から日本経済が坂道を転げ落ちるように悪化した平成の世において一貫して成長を続けてきた企業がある。「お、ねだん以上。」のキャッチフレーズで知られる家具・インテリアチェーンのニトリホールディングス(HD)だ。

  ニトリHDは28日、前期(2017年2月期)の決算で30期連続での増収増益を達成したと発表した。大手金融機関の破綻やテロ、大規模自然災害など暗い出来事が相次いだ時代に持ち前の明るさで事業をけん引してきた創業者、似鳥昭雄会長(73)の目はいま、さらなる成長を求めて世界に向かう。その視線の先には業界の巨人、イケアの後ろ姿をもとらえている。

似鳥昭雄会長
似鳥昭雄会長
Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  東京都北区にあるニトリ赤羽店。国道沿いの店舗敷地には十分な駐車スペースが用意され、自由に車で出入りできるようになっている。ニトリHDの急成長を支えてきた郊外型店舗の典型的な光景だ。

  「品質が良く、安い」。近所に住み、自転車で来店した会社員、海沼香織さん(43)はニトリを選ぶ理由をこう説明した。板橋区から息子夫婦と車で来店した主婦、佐藤トミさん(67)は、「商品の数と値段が気に入っている。1回の買い物で全部そろうのがいい」と話す。最近、息子夫婦が新築の家に引っ越した際はカーテンや食器棚、孫のベッドや机などほぼニトリでそろえ、20万円以上は使ったという。

低価格で高品質

  ニトリHDの成長を支えてきたのは、不透明な経済情勢が続いた日本で少しでもいい物を1円でも安く、と厳しい目で買い物をしてきたこういう人たちだ。赤羽店の1階部分は寝具類や日用品が陳列されている。そのありふれた風景の裏にもニトリHDの強さの秘密が隠されている。

  似鳥会長は2月のブルームバーグとのインタビューで店舗の商品を毎年半分は入れ替え、その際に価格を下げるか品質や機能を高めるかのどちらかを条件にしているため「年々商品力がアップしている」と話した。品質や機能を上げる一方で価格を下げ、「その差を広げる」ことに注力してきたことが消費者に受け入れられたと分析する。

  リーマンショックがあった08年から12年にかけて計12回の値下げを実施、アベノミクスの効果で消費意欲が高まったこの数年は比較的、高価格帯の商品の品ぞろえも充実させた。昨年は消費の勢いに陰りが見え始めたと判断するや安易な値上げはしない方針を打ち出すなど、臨機応変の対応で成長を維持してきた。

  岩井コスモ証券のアナリスト岩崎彰氏は、同社が製造から小売りまでを手掛けたことで「他社と雲泥の差」となり追いつけない状況になっていると指摘する。さらに年収400万ー500万円の世帯をターゲットに低価格の家具の製造を続けたことで、「日本の世帯所得の平均がどんどん低下する中で、そのターゲットがどんぴしゃになった」との見方を示した。

北海道から全国へ

  サハリン(樺太)に生まれた似鳥氏は終戦後、3歳のときに北海道に移り住んだ。両親と3人の8畳一間暮らしで生活は貧しかったという。家具のない部屋で、大工だった父が自ら食器棚を作った。似鳥氏の著書によると、同氏は少年時代に勉強が得意でなく、地元の大学を卒業後に就職した会社でも営業職が向かずすぐに解雇された。生計を立てるため商売を始めようと、衣食住のうち近所で競合がほとんどなかった家具販売を選んで67年に起業した。

  27歳のころに業界団体の視察旅行で訪れた米国で、家具が周囲の調度品とセンスよくコーディネートされ、日本の3分の1の価格で売られていることを知った似鳥氏は「日本でも米国の豊かさを実現したい」との使命に目覚めたという。帰国後、積極的なチェーン展開で購買力を高めて安さの追求にまい進するようになり、軌道に乗り始めたと明かす。

  30年間にわたる成長を経て、北海道の地方企業にすぎなかったニトリHDの業容は大きく拡大した。店舗網は全都道府県に広がり、時価総額で日本の小売業でもセブン&アイ・ホールディングス、ファーストリテイリングに次ぐ3位に。ブルームバーグ・ビリオネア指数によると似鳥氏は個人資産約30億ドルの国内有数の富豪だ。

円高、デフレが追い風に

  似鳥氏は長く続いたデフレが「追い風だった」と認める。円高基調のなかでインドネシアやベトナムで家具の自社生産に着手。長期にわたって成長を続けられた最も大きな要因として、為替の動向にかかわらず一貫して「海外からの輸入比率を上げてきた」ことを挙げる。

  円安で輸入の採算が合わなくなり、競合他社が国内調達を増やした局面でも海外からの調達にこだわり続けた。似鳥氏は円安は長く続かないとみて、「採算が合わなくても採算が合うようにするのがわれわれの仕事」と商品をいかに安くできるかの手だてを考えてきたという。

  家具小売りの世界最大手はスウェーデンのイケアだ。世界各地で事業を展開する同社の16年8月期の連結売上高は351億ユーロ(約4兆2000億円)と、日本を中心に事業展開するニトリHDとは10倍近い開きがある。だが、2032年に売上高3兆円という目標を達成すれば、イケアの成長分を考慮してもその背中が見えてくる。

イケアと対決も

  似鳥氏はイケアについて、自分たちよりも「圧倒的に上で私たちから見たら巨人」としながら、「やるからにはやっぱり海外に出て、イケアさんの数字を目標としてやっていきたい」とその存在を意識していることを明らかにした。

  似鳥氏が強みとして絶対的な自信を持っているのは品質だ。ホンダから人材を引き抜いて、高い安全水準が要求される自動車業界にならった品質管理手法を導入。新商品は販売前に社内で検査を実施し、合格するまで繰り返す作業を課している。

  その結果、家具業界で標準3%程度とされている不良率が「0.5か0.6、ホームファッションは0.01とか0.02」まで引き下げられ、品質面ではすでに「イケアを超えていると思う」と自信を高めているという。

  価格と品質で欧米のライバルと既に互角以上の戦いができると考える一方で、コーディネートのセンスや提案力では「まだやっぱり50点とか60点」と自己評価は低い。欧米でホームパーティーの文化が根付いているのに対して、日本人は自宅に人を招く習慣がなく、インテリアのセンスが洗練されない要因になっていると分析する。ただ、その分野でも人材が成長しているとし、「もうあと10年かからずに100点」に持っていくと述べた。

無限の需要

  似鳥氏は昨年、白井俊之副社長を後継社長に指名して日々の決済の大部分を任せ、自身は会長として海外事業など長期的な戦略を練ることに専念するようになった。ニトリHDでは32年に向けた長期目標として店舗数3000、連結売上高3兆円を目指している。現状の約6倍の規模となる成長のドライバーは海外市場。中でも中国市場が最も有望で期待をかけているという。

  中国には14年に進出。最初こそ苦戦したもののニトリHDのような家具とインテリア用品の製造小売業が同国では珍しいこともあり、安い賃料での出店要請が増えるなど手ごたえを感じているとし、今期は中国本土に11店を出店する計画だ。これにより店舗数はほぼ倍増し、その翌年も10から20程度の店を出す可能性があるという。

  似鳥氏は「今の勢いだったら中国ではうちが1番手で競争相手はいない」と述べ、32年時点で店舗数は中国だけで1000店を占める計画。中国の人口は日本の約10倍で店の数も日本の10倍ぐらいまで増やせるはずだとし、人材の問題さえクリアできれば「需要は無限にある。店はいくらでも出せる」と語った。

都内のニトリの店舗
都内のニトリの店舗
Photographer: Akio Kon/Bloomberg

大不況に備えよ

  似鳥会長は国内市場についても楽観的な見通しを持っており、成長の余地はあると考えている。多くの経営者を悩ませる少子高齢化の問題についても「関係ないよ、そんなの」と笑い飛ばす。寡占状態になるような高い市場シェアがある場合は別として、「中小企業が少子化なんて何をばかなこと言ってるんだ、となる」と切って捨てた。

  ニトリHDでは最近、銀座や新宿など都心部での出店やベーシックなインテリア用品を主に取り扱う「デコホーム」という別業態の展開も進め、国内では現在より5割以上多い700店舗ぐらいまで拡大できるとみている。28日発表した前期の決算は純利益が前年同期比28%増の600億円、売上高が同12%増の5130億円だった。今期(18年2月期)はそれぞれ14%、11%の増加を見込む。

  似鳥会長は同日の決算発表会見で、30期連続の増収増益達成について「奇跡というか、感無量。できたら50期、60期、永遠と増収増益を目指していきたい」と述べた。

  その一方で、似鳥氏は東京五輪が終わる20年以降、日本は「大不況になる」との見通しも持っている。「キャッシュはたまっていく。今そのうちに不景気になるから」。ニトリHDでは業績好調が続くなか、プロ野球球団への出資やホテルチェーンの買収話が持ち上がった際も見送った。必要な投資を行った上でも使い道のない余剰資金が毎年200-300億円が積み上がっているという。

  ニトリHDはかつて不動産価格の異常な高騰を受けて、検討していた首都圏進出を取りやめたことがあるが、結果的にバブル崩壊後に暴落した物件を取得して繁栄の礎を築いた。創業者特有の直感で成功を収めてきた似鳥氏は20年以降の不況では「建物が3割から5割下がる」ほどの経済的インパクトを見込んでいるとしながら、こう話した。「そのときは1000億円以上の金がある」。

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