【コラム】ノキアの従来型携帯電話の復活は大歓迎-バーシドスキー

フィンランドのノキアが従来型の携帯電話、「3310」を復活させたことは、主にマーケティング上の戦略だ。ただ私は、このスマートフォンに浸りきった時代に、よくぞ復活させたと歓迎したい。

  10年以上前に製造中止となったオリジナルと違い、復活モデルはインターネット閲覧が可能。ただ、画面はカラーだが2.4インチ(6センチ)しかなく、ネットサーフィンは簡単ではない。インドやアフリカ諸国などには今も従来型携帯の市場が残るが、そうした市場では厳しそうだ。価格は52ドル(約5900円)で、世界どこでも安いスマホなら買えるほどの値段だからだ。

ノキア「3310」:SNSを使うのは厳しい

Photographer: Luke MacGregor/Bloomberg

  インドやアフリカでは四半期ごとに1億2500万台の従来型携帯電話が売れ、スマホの約3倍に上る。懐かしいから売れるのではなく、求める機能が付いており、丈夫で電池が長持ちすることなどが購入の動機だ。ノキアの本拠地、フィンランドの外務省が、この機種が「壊れない」という意味の絵文字に選定していることからもこの機種の頑丈さは定評がある。

  3310の再投入が大きな売り上げとなることは恐らくないだろう。同時に発表されたノキアの安価で平凡な最初のアンドロイドスマホを際立たせる目的だ。しかし、初代「iPhone(アイフォーン)」が出る前から最新のスマホを求めて毎年律儀に買い換えてきた私でも、3310の購入に踏み切るべきなのだろうか。

  私は自分がスマホ中毒であることを認めなければならない。昨年のデロイトの調査によると、米国人は1日に平均47回もスマホをチェックするという。18歳から24歳に至っては82回に上る。私は24歳ではないが、パソコンにアクセスがないときには、1時間に2回はチェックしている。無意味な習慣だ。ほとんどの人は、私からの返事が瞬時になくても気にしない。コラムのネタもニュース記事や学術調査などからとってくる。しかし、どんな記事でもじっくりと読めないことに気づいた。スマホ上には他に見なければならないものが山のようにあるからだ。読んでいる間も新たなメッセージやツイートが飛び込んできて集中は途切れる。フェイスブックをアンインストールしても大した違いにはならなかった。

  さらに研究によると、スマホ中毒はストレスを高め、学生の成績にもマイナスの影響があるという。仕事の効率にも影響は必至だろう。リンクをクリックして得られるものがなんであれ、邪魔されない思考や家族との団らんは失われている。

  そう考えるのは私だけではない。テクノロジー関連ニュース中心のウェブサイト「ザ・バージ」の批評家、ブラド・サボブ氏は最近の記事で従来型携帯電話への回帰を提唱している。仕事の性質上、完全にデジタル抜きの生活は私同様難しい彼だが、ラップトップを持ち運んではどうかと訴えている。仕事はそれで十分だろう。あとは従来型携帯電話さえ持っていれば家族や家族や同僚といつでも話せるのだ。

  同じく古い機器の復活でも、往年の人気コンピューター「アップルII」や「コモドール」に3310のような魅力はないだろう。どんなに懐かしがって買う人でも、機能性を犠牲にすることはできないからだ。3310も犠牲にしている部分はあるが、有用な部分だ。ポラロイドのカメラやレコード盤の復活に似た犠牲だ。われわれは便利さと引き換えに失った特性を懐かしむ傾向がある。瞬時に出てくる写真やレコード盤から流れる柔らかい音色の奇跡だ。見せびらかしたがる時代に、われわれは周囲に自分が感じたことを知らせたいのだ。3310の復活は称賛に値する。ビジネスとして成功しないとしても。

原題:Why I Want the Resurrected Nokia 3310: Leonid Bershidsky(抜粋)

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