「巨大なヘッジファンドが日本国債にフラットニング(利回り曲線の平たん化)を仕掛けている」-。こんなうわさを耳にしたマスミューチュアル生命保険の嶋村哲氏はその動向を探るため、超長期のスワップ金利取引のわずかな変化に日々、目を凝らしている。

  同社の運用戦略部で金利統括グループ長を務める嶋村氏が注視するのは、デリバティブなどの金融取引を仲介するメイタン・トラディションが提供する金利スワップの決済・清算値だ。海外ヘッジファンドなどの利用が多いロンドン証券引所グループ(LSE)傘下の世界最大手LCHが提示する超長期の円スワップ金利は、メガバンクなどの邦銀が使う日本証券クリアリング機構(JSCC)の清算値を上回るが、その格差の変化から海外勢による売買の一端がうかがえると言う。

  JSCCの円スワップ金利が海外の取引所より低いのは、国内勢が日本国債の約9割を保有する中、投資家が平均残存期間を保つための固定金利受け(債券買いに相当)需要が優勢になりがちだからだ、と嶋村氏は分析。ヘッジファンドなどの売買を映すLCHとの格差から「クリスマス休暇でポジションを閉じるまでは払い(債券売りに相当)方向だった海外勢が、年明け以降は受けに回っている」と読む。

  LCHとJSCCの格差が最も生じやすいのは40年物で、2.75ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)程度。昨年9月下旬に1.375bpまで縮んだ後、11月下旬にかけて3.625bpと3倍弱に拡大。現物取引での40年債利回り上昇に先行した。年初からは今月8日に2.375bpを付けるなど縮小傾向に転換した。ただ、40年債の金利上昇はヘッジファンドによるフラットニングの観測にもかかわらず、まだ続いている。

  トランプ米大統領が掲げる大規模な景気刺激策の効果を先取りした海外金利の上昇と円安・国内株高が頭打ちとなった後も、日本では超長期債の利回り上昇が継続。20年、30年、40年債利回りは今月、軒並み昨年2月以来の高水準を付けた。財務省の発行額と日本銀行の長期国債買い入れ規模という需給関係と、黒田東彦総裁が進める金融緩和策をめぐる思惑の両面が影響している。

  超長期ゾーンは需給面で金利上昇に弱い構造だ。残存10年超25年以下のオペは1回2000億円で毎月5回程度。20年債では今年度発行額の約91%、来年度はほぼ同額を市場から吸収する計算だが、25年超では同1200億円なので今年度の30年債と40年債の発行額の約58%にすぎず、発行増となる来年度は57%に低下する。海外資金の流入も限定的なので、生命保険や年金基金などの売買動向で金利が上下しやすい。

  これは日銀オペと外国人の争奪戦でマイナス利回りが定着している中期債と対照的だ。残存1年超3年以下のオペは毎月2兆4000億円前後で、今年度の2年債発行額を4%程度、来年度を約9%上回る。3年超5年以下は同2兆5200億円前後と、5年債発行額より今年度は5%程度、来年度は約15%多い計算になる。

黒田東彦日銀総裁
黒田東彦日銀総裁
Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

スティープ化は主に国内要因

  黒田総裁は日銀当座預金の一部に対するマイナス0.1%の付利に加え、10年債利回りが「ゼロ%程度」になるように国債を買い入れる「長短金利操作」を導入した昨年9月、利回り曲線の過度な低下・フラット化が保険や年金の運用に及ぼす副作用を認めた。市場では日銀が超長期債については秩序だった利回り上昇を容認しているとの観測が盛んだ。

  メリルリンチ日本証券の大崎秀一チーフ金利ストラテジストは「新年度には発行が減る事情もあり、日銀は国債買い入れの減額を模索する」と予想。「市場では30年債で1%を超えても良いのではないかとの思惑が漂っており、抜け駆けで買ったりせずに皆で自重しようというのが債券村の雰囲気だ」と言う。ただ、「投資家にとって望ましい水準に達する前に誰かに買われてしまうのではないか」と感じている。

  日本証券業協会の統計では、生損保による超長期国債の買越額は1月に2684億円と前年同月比1.9%減少、年金基金の売買動向を映す信託銀行は2102億円で同38%減った。40年債と新発2年債の利回り格差は21日に132bpと、昨年6月の過去最小から約3.6倍に拡大。米国では30年債と2年債の利回り格差が11月上旬より約20bp低下しており、日本国債のスティープ化が主に国内要因である可能性を示している。

ヘッジファンドは「万馬券狙い」で参戦

  季節的には需給面から金利低下圧力が強まる時期に差し掛かっている。3月には国債の大量償還に伴う投資家の再投資が見込まれる上、年度末にかけて平均残存期間を伸ばすための買いが入りやすくなる。マスミューチュアル生命の嶋村氏は、超長期金利の上昇を期待して買い控えてきた国内勢はヘッジファンドの仕掛けもあって金利が上がらなくなれば「いったんは買わされてしまうのではないか」とみている。

  嶋村氏は金利スワップ取引では「40年物が最もハイリスク・ハイリターンなので、腕に覚えのあるヘッジファンドは『万馬券狙い』で参戦している」と言う。金利低下はまだ実現していないが、現物の40年債利回りが今月10bp前後上昇したのに、同年限の円スワップ金利はLCHベースで約5bpしか上がっていないと指摘。海外勢の受けが増えているためだと読む。

  日本証券業協会の統計によれば、外国人による超長期ゾーンの買越額は1月に1153億円と、過去1年間で二番目に多かった。前年同月は2480億円の売り越しだった。

  財務省は23日に20年利付国債入札を実施する。パインブリッジ・インベストメンツ債券運用部の松川忠部長は「日銀による金利コントロールのおかげで20年債利回りもかなり上昇しており、本当は買いたいが様子見している向きが半分ぐらいいるのではないか」と指摘。「金利が下がり始めれば買ってくる」と述べた。

真の狙いはスティープ化

  もっとも、ヘッジファンド勢の真の狙いは日本国債利回りのスティープ化だと嶋村氏は予想。「買いたい弱気」姿勢でさらなる金利上昇を待つ国内勢に買いを促し、金利が低下したところで再び売りに転じる「売りたい強気」の作戦だと読む。超長期金利は「最終的には短い年限との利回り格差だけでなく絶対水準も、マイナス金利政策の導入前まで戻る」との見方が背景にあるとみる。

  日本の超長期債で短期間に2度儲けようというヘッジファンドの作戦は成功するのか-。ドイツ証券の山下周チーフ金利ストラテジストは、生損保による超長期債の買い越しが利回り上昇にもかかわらず鈍いのは「金利先高感が非常に強いからだ」と指摘。過去のデータによれば3月は買越額が膨らむ傾向が明確だが、今年に限れば「海外金利や為替相場によっては買わない可能性もある」と注視する必要性を説いている。

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