「ニューヨークでは今後3年以内くらいに1000室以上のホテルを開業したい」。東横インの黒田麻衣子社長(40)は、本格的に海外展開したいと意欲を示す。創業者である実父の逮捕で悪化した経営の立て直しに向け、専業主婦だった長女が復帰してから10年弱。支配人のほぼ全員に女性を登用するなどユニークな経営が奏功し、海外へと攻めの経営に乗り出すまでになった。

黒田麻衣子社長
黒田麻衣子社長
Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  東横インは駅に近く、シングルルームを1泊8000円程度で提供する宿泊特化型のビジネスホテル・チェーン。259店舗(24日現在)あり、2016年の稼働率は86%と過去最高。16年3月期の当期利益110億円も過去最高だった。

  海外には現在、韓国とカンボジアに進出しており、今年は2月にフランクフルトで400室のホテルを開業するほか、フランスとフィリピンでも予定している。ニューヨークでは53階建てホテルを建設する計画を昨年1月に発表している。

  事業を支えている原動力は女性の存在だ。日本の駅前ビジネスホテルはかつて「古い、汚い、暗い」イメージだったというが、創業者の西田憲正氏は1986年開業の1号店の支配人に地元蒲田の飲食店の女性店主をスカウト。跡を継いだ西田氏の長女である黒田氏も、宿泊特化型ホテルには「清潔感ときめ細かい対応ができる女性支配人が向いている」として、積極的に登用した。現在は支配人全体の97%を女性が占める。

  総務省の労働力調査では、15年の女性労働力人口は2842万人と30年間で約2割増えたが、帝国データバンクが昨年7月に実施した調査によると、女性管理職の割合は平均6.6%。人口減に伴う人手不足解消に向け、安倍晋三政権は「ウーマノミクス」で女性管理職の割合を3割に引き上げることを目標にしているが、現実とは隔たりが大きい。

女性支配人

  日本では女性が出産などでいったん家庭に戻ったり、年齢を重ねてから転職したりする場合、再就職の門戸は限られている。双子の高校生の母親である佐藤玲子氏(45)は転職のため約50社も受けた。「週末、祝日は必ず休みたいことを条件に探した」こともあり、就職活動は難航した末、東横インに決めた。

  佐藤氏は現在、東横INN上野田原町駅の支配人だ。「リピーターを増やす努力をした」と言い、3年前の入社時には85ー88%程度だった稼働率が今では全社平均を上回る90%に上昇した。上野と浅草の間に位置しながら知名度が高いとは言えない土地柄で、収益を出すという重い責任。朝8時から夜7-9時ごろまで働くなど「仕事は厳しいが、やりがいがある」と話す。高校のPTA役員とも両立させている。

  社長の黒田氏は「女性というだけでちやほやされる」風潮を嫌う。女性支配人の積極登用についても、やる気と能力を見定めた結果だとし、「女性がリーダーというのは違和感がない」と言い切る。フォーブス・ジャパンが主催したジャパン・ウィミン・アワード2016で、東横インは女性支配人たちの活躍が評価されて、リーダー輩出部門でグランプリを受賞した。

冬の時代

  黒田氏は今でこそ社長業を務めているが、02年に東横インに入社後、出産を機に3年で退社。「もうホテルに戻るつもりはなかった」という。経営者として復帰することになったのは、ある事件がきっかけだった。

東横インの客室
東横インの客室
Source: Toyoko Inn Co.

  同社は06年から08年にかけて、身体障害者用の客室などバリアフリー設備を改造した問題や、建築廃棄物の不法投棄により硫化水素ガスがホテルで発生する事件が続出。創業者の西田氏は逮捕され、経営危機に陥った。当時、家族でドイツに住み専業主婦だった黒田氏は08年、実父の逮捕とファミリービジネスの危機を目の当たりにして急きょ帰国、経営再建の陣頭指揮に当たった。

  しかし、時期が悪かった。たび重なる事件がブランドにダメージを与えていた中で、リーマンショックによる世界的な景気悪化に見舞われ、新規開店も重なった。男性社員は金策に走り、女性社員は何をしたら稼働率が上がるのか必死に考え抜いた結果、宿泊代を現金で支払う人には500円の割引クーポンを配る苦肉の策を編み出した。

  だが、それを長く続けることはできず、ついに銀行返済のリスケジュールに踏み切った。一時は資金を出し渋った金融機関も、今では「貸し出し姿勢はすこぶる積極的になった」と振り返る。

ホテルラッシュ

  不動産サービスのCBREによると、訪日客数が20年に政府目標の年4000万人に増加すると都内では約3.5万室の追加需要が発生する見通し。東京五輪も控えており、ホテルの建設計画がめじろ押しだ。東横インは、国内ホテルを20年までに約300店に増やす考えという。

  黒田氏は「国内は失敗する気がしない」と語るが、同時に「インバウンドだけに頼っていきたくない。コアのビジネス客、リピーターになってもらえる人を大事にしたい」とも話す。東日本大震災の11年、訪日観光客が前年比で3割近く落ち込んだように、ホテル業界は天災や円高、感染症の流行といった予測不能なリスクがつきまとう。

  国内の基盤固めや海外への本格展開などで多忙な日々が続くが、こう言う。「専業主婦に戻りたいと思ったことは全くない」。

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