アベノミクスの手詰まり感が強まる中、政府内で経済政策の新たな展開を模索する動きが出ている。その1つが投資マネーの短期から長期への誘導だ。株価を意識した短期的な成果ではなく、長期戦略に基づいて収益を設備投資や賃上げに回すような企業経営を促すのが狙い。政府の有識者会議で議論を進めており、6月にも策定する成長戦略に反映する方針だ。

  ベンチャー企業への投資やその育成事業を展開している米デフタパートナーズグループ会長で、内閣府参与を務める原丈人氏は昨年12月のインタビューで、「金融緩和により円安、株高がもたらされ、一瞬はアベノミクスが達成されたかのように見られた。しかし実際に起きていたのは株価の乱高下だ」と指摘。政権も「このままではいけない」と、長期投資誘導への移行を検討していると話す。

演説に立つ安倍首相(1月20日)
演説に立つ安倍首相(1月20日)
Photographer: Tomohiro Ohsumi/Bloomberg

  政府は昨秋、成長戦略の司令塔となる「未来投資会議」を設置。原氏は、長期投資促進を掲げる分科会のメンバーの1人だ。税制や決算開示義務の柔軟化を通じ、短期投資に傾きがちな市場からの評価に影響を受けている企業に変化を促せるとみている。同会議は月内にも中間報告をまとめる。

  安倍晋三政権の頭痛の種は、アベノミクスによる株高・円安で改善した企業収益が投資や賃上げに十分に回っていないことだ。設備投資が伸び悩む一方で、企業の内部留保は政権発足後も増加の一途をたどり、2015年度は377兆円を超えた。これに対し15年度の民間最終消費支出は約300兆円で、12年度の約291兆円からは微増にとどまる。実質賃金も5年連続で減少している。

公益資本主義

  原氏が提案する具体策は、企業決算の開示義務の頻度を「四半期ごと」から「1年ごと」に減らすことや、一律20%となっている株式譲渡益課税を保有10年以上の場合は0%にするような税制改正、ベンチャー企業の増資に応じた個人の税額控除など。昨年7月にこれらを安倍首相に提言した。

  原氏は、株主一辺倒ではなく、社員や顧客、仕入れ先、地域社会などへの貢献を通じて、貧困層をなくし厚い中間層を作る「公益資本主義」の必要性を訴えている。安倍首相は昨年12月の国会で、同主義について「わが国にふさわしい資本主義の在り方に似ている。株を動かすだけで利益を上げて、そこに利益が集中する社会はゆがんでいる」と賛意を示した。

  アベノミクスの成功に民間投資が必要な中で「長期」は中心的なキーワードになると、藤井聡内閣官房参与も指摘する。藤井氏は昨年11月の取材で、「短期マネーが多いと市場の投機傾向が高まり、安定性を求める長期マネーが投資を敬遠するため、結果として資産が貯蓄に回る」と、短期投資の問題点に言及した。

  野村総研の堀江貞之上席研究員は「短期投資がないと流動性が保てないが、今はあまりにも多過ぎる」と述べ、長期投資の誘導には、責任ある機関投資家のガイドランとなるスチュワードシップコードやコーポレートガバナンス(企業統治)の強化が不可欠だと言う。また非課税期間を5年から20年に延長する「積立NISA」の導入は「長期投資促進につながる」と評価する一方、日本企業の価値を上げないと、投資が国外に流れるだけになってしまうと警鐘を鳴らす。

海外投資家

  短期投資は海外投資家が主導している。日本取引所グループによると、16年の東証1部株式売買の割合で海外投資家は73.8%を占めるが、株式保有比率(16年度末)は29.8%にとどまり、保有期間が短いことがうかがえる。海外投資家は安倍政権が発足した13年から16年までで累計12兆325億円の株式を買い越した。

  JPモルガン証券の内藤三千郎エグゼクティブ・ディレクターは、安倍政権下での株価変動は「外国人投資家が先導した」と見る。海外投資家は日本が買いと判断すれば株価が上昇基調にあっても買う傾向にあり株価をつり上げるが、「逃げ足も速い」という。

  日本でも急速に拡大している高頻度取引(HFT)について原氏は、短期的な株式取引に低率で課税する「トービン税」の導入も主張する。コンピューターを使ってミリ秒単位で金融商品の売買を行うHFTは、東京証券取引所の全取引のうち発注件数で7割程度、約定件数で4、5割程度を占める。

  もっともHFTの取引業者を登録制とする規制強化を検討している金融庁は、流動性を高めるなどのメリットもあり一律の排除は不適当との立場。財務省も取引を阻害するとしてトービン税の導入には慎重だ。

中長期経営

  安定株主作りには企業も積極的に動き出している。大和インベスター・リレーションズ(IR)によると、昨年9月末時点で株主優待制度のある上場企業1307社のうち256社が長期保有者への特典を導入。10年9月末の49社から約5倍増加した。

  仏壇業界最大手のはせがわは16年9月末から、優待品の贈呈対象を1年以上継続して保有する株主に限定することにした。早稲田アカデミーも16年3月末から、3年以上保有する株主には3年未満の保有者の倍額となる2000円のクオカードを贈呈する。同アカデミーの太田正史総務課長は、教育業界でも「中長期的な視野での経営が重要と考えた」と話す。

  長期的視点に立った「年輪経営」を打ち出すトヨタ自動車は15年7月、「AA型種類株式」を発行。5年間は売却できないことなどを条件に元本保証や有利な利回りを約束した。中長期的な環境整備が必要な研究投資などへの資金に充てるのが狙いで、原氏はAA株を支持している。

市場からの反論

  市場からは反論の声も上がる。AA型種類株については、米議決権行使助言会社のインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)などが「安定株主作りだ」と批判。その後も広がりは見せていない。

  JPモルガン証券の内藤氏は、四半期決算開示義務の柔軟化について「小手先の議論で本質ではない」と批判。「株価は国内総生産(GDP)に比例する。投資家が見たいのは成長力だ」として、少子高齢化が急速に進む人口構成への対応を中心とした構造改革を取り組むべきだと話す。

  大和総研の鈴木裕主任研究員は、「短期売買は価格の更新を頻繁に行うということ。フェアバリューが近い時点で分かるというメリットがある」と指摘。「証券投資と経済成長を結び付ける時、保有期間に持って行くのは違う。株価や業績と報酬を直結させるなど、経営者の意欲をかきたてるような道を探った方がいい」とも話した。

  安倍政権は株価を目に見える実績として強調し、「株価連動内閣」とも呼ばれてきた。野村総研の堀江氏は長期投資の促進は将来的に企業価値を高めることにつながるとしながらも、「一時的に株価が下がる可能性はある」と述べている。安倍政権が長期投資への誘導策に本格的に取り組んだ場合、市場がどう評価するかは不透明な要素も残る。

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