畳は目に沿って掃除機をかける--。日本の一般的な住宅をモデルに作られた研修施設で、マリア・デル・バゴさん(37)は掃除の手順を身に付けた。日本の高機能トイレの手入れ方法も学んでいる。

  研修が行われているのは東京から南へ約3000キロ離れたフィリピンの首都マニラ。日本で家事代行の仕事をする準備だ。正しいお辞儀の仕方にも余念はない。

マリア・デル・バゴさん
マリア・デル・バゴさん
Photographer: Veejay Villafranca/Bloomberg

  政府は国家戦略特区を活用した家事支援外国人受け入れ事業を神奈川県や大阪府、東京都に認定。神奈川県はパソナ、ダスキン、ポピンズの3社に事業実施を認めた。受け入れ予定人数が最も多い人材派遣大手のパソナは、フィリピンのマグサイサイ・グローバルサービスと提携して研修を進めている。

  デル・バゴさんは、アラブ首長国連邦で家政婦として働いた経験を持つ。研修は、日本語の基本的な会話の習得や家電製品のラベルの読み方まで幅広い。「技術をできるだけ早く習得したい。訓練によって文化的な違いを感じることなく、新しい環境に早く慣れることができると信じている」と話す。 

  パソナは日本語や家事の技術など400時間以上の研修を受講した26人のフィリピン人を、家事代行の専門スタッフとして早ければ2月中旬にも日本に呼ぶ。日本でさらに約1カ月間訓練した後、神奈川県内で就労する予定だ。

  事業を担当する澤藤真紀子マネジャーによると、応募者は100人を超えた。日本人と同等の賃金など条件面も含め、日本での就労を魅力的に感じているという。

お辞儀の仕方を学ぶ研修生
お辞儀の仕方を学ぶ研修生
Photographer: Veejay Villafranca/Bloomberg

「女性活躍」に外国人の力

  家事代行の外国人受け入れ解禁の背景には、女性の社会進出を後押しする政府の狙いがある。政府の人口推計によると、2015年に約1億2700万人の日本の人口は40年に約1900万人減る見通し。女性の労働参加は日本の経済成長に不可欠だ。家事代行などの支援拡充はその切り札となる。

  2人の子どもを持つパソナの澤藤氏も、母親の介護とのいわゆるダブルケアが必要で、家事代行サービスを利用している。「誰かに助けを求めないと仕事はできないし、自分の生活もままならない」と実感している。

  香港やシンガポールなどでは、家事代行の分野で既にフィリピン人など多くの外国人が働く。大半が住み込みだが、日本の特区では認められておらず、企業が用意した寮に入居して複数の家庭を通いで回る。パソナでは1回2時間で5000円ほどの料金でのサービス提供を想定している。

外国人受け入れの壁

  日本における外国人労働者は増え続けている。厚生労働省の「外国人雇用届け出状況」によると、15年10月末現在の外国人労働者数は約90万8000人に上る。08年に比べほぼ倍増したが、その多くが製造業で働く。

  しかし、日本社会では一般に外国人の受け入れに慎重な声も少なくない。産経新聞が16年2月に実施した世論調査では、「日本が移民や難民を大規模に受け入れること」に68.9%が「反対」と答えた。「賛成」は20.2%だった。

  元経済財政担当相で政府の国家戦略特区諮問会議の議員を務める竹中平蔵パソナ会長は昨年10月のインタビューで、外国人労働者の受け入れによって「国内の治安が悪化するのではないかという心情的な反発がものすごく強い」と指摘する。

  澤藤氏によると、パソナでは日本社会に溶け込みトラブルなくサービスを行う姿勢について厳しい基準を設けている。実際、中間チェックで2人が不合格となったという。「信頼のおけるサービス」にするには資質の見極めも必要で、受け入れ事業を軌道に乗せるのは「簡単ではない」と話した。

  竹中氏は「ドラスチックに変わるわけではないが、少しずつ皆が理解していき、制度を変えていく。非常に日本的なやり方をとろうとしている」と語った。

100%赤字プロジェクト

 
  「多くの女性が市場の主人公となるために家事の補助などの分野に外国人のサポートが必要だ」。14年1月に安倍晋三首相が外国人による家事代行を提唱してから約3年がたつ。同年3月施行の政令には家事支援を行う外国人の要件として、実務経験1年以上、必要最低限の日本語能力などが列挙されている。
    
  家事代行のベアーズは大阪府から事業認定を受け、フィリピン人のスタッフを採用する。しかし、高橋ゆき副社長は、現行ルールでは「100%赤字プロジェクト」と言い切る。日本人スタッフも資格は問わず、人柄を見て採用した後にトレーニングする。企業側に「採用を任せてもらってもいいのでは」と問題提起する。

  菅義偉官房長官は5日の定例会見で、事業開始まで時間がかかった理由について14年の衆院選による法施行の遅れなどを挙げ、「初めてのことで調整があった。いよいよ来月からということになる。幅広く利用してもらえるような仕組みにすることが政府の役割だ」と述べた。

人材不足の介護分野でも

  高齢化が進む日本では、老人介護も外国人労働者に頼らざるを得ない状況だ。厚労省が15年に公表した介護人材の需給推計によると、団塊の世代が75歳を超える25年には全国で約38万人の人材不足が生じる。

  介護分野では、すでに経済連携協定(EPA)などで就労を認められた外国人が働いているが、政府は16年に途上国の人材育成を目的とした外国人技能実習制度の対象職種に介護を加えることを決め、外国人の一層の活用に舵(かじ)を切った。

  「大丈夫ですか。のみ込めましたか」。東京都八王子市の永生病院では、フィリピンから7年前に来日した介護福祉士のジョン・デンマーク・ピネダさん(31)が流ちょうな日本語で高齢者に語りかける。

  半年間日本語を学び、その後働きながら勉強して国家試験に合格した。フィリピンで看護師になったが、病院数が少なく、働く場所を見つけるのが難しい状況だった。そんな時、日本での介護の仕事の募集を知り、来日した。

ジョン・デンマーク・ピネダさん
ジョン・デンマーク・ピネダさん
Photographer: Akio Kon/Bloomberg

  同病院では、08年からインドネシア、フィリピン、ベトナムからEPAによる看護士と介護福祉士候補生を受け入れており、現在、ピネダさんら国家試験の合格者6人と候補生5人が現場で勤務している。

国家試験合格は半数

  同病院で外国人職員のサポートを担当する宮澤美代子相談役は「日本の各施設で人材不足が深刻化している。実際に開設できない施設が出てきている」と話し、技能実習制度の介護分野への拡大もやむを得ないとの認識を示した。

  淑徳大学の結城康博教授は「基本的には介護分野での外国人労働には賛成」としながらも、技能実習制度の枠組みの中での運用には深刻な問題があると指摘する。同制度の実習生の勤務先は主に工場や農家。介護となると「人とのコミュニケーションが必要になる」ため、より高度な日本語能力が求められるからだ。

  法務省の統計によるとEPA対象の外国人の看護・介護従事者も全国で約2600人(昨年6月末)にとどまっている。

  日本人女性と結婚したピネダさんは、いずれ日本語能力検定1級を取得し、ハードルの高い日本の看護師資格にも挑戦したいと考えている。「生意気かもしれないが」と前置きしながら、「外国人はやる気が非常に高い」と介護分野でより大きな役割を果たすべきだと言う。

  同病院では来日した候補生の半数が、看護師や介護福祉士の国家試験に合格できず、合格しても帰国した人がいる。これからやって来る仲間に自分の経験を伝えることで「すぐ帰ったり、あきらめたりする確率は低くなる」とピネダさんは意気込んでいる。

最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中 LEARN MORE