借金をしないと大学に通えない-。早稲田大学の学生、京極健悟さん(20)は毎月12万2000円ほどの奨学金を受けている。「ずっと返さないといけないのかな」と思うときもあるが、借りざるを得ないのが現実だ。

  日本では今、京極さんのような学生は決して例外ではない。大学生の半数以上が何らかの奨学金の支給を受けているからだ。奨学金には大別して返済の必要がある「貸与型」と必要のない「給付型」があるが、多くは貸与型で多額の借金を抱えたまま社会に出る学生も多い。

  奨学金の利用者が増えている背景には、長引く経済停滞がもたらした負の遺産がある。かつて終身雇用で守られ、国民のほとんどが自らを中流だと考えていた時代は、学費は親が負担するのが一般的で奨学金の利用は少数派だった。しかし、非正規雇用の増加などで親の経済基盤が不安定となり、子供の教育機会にも影響を及ぼしている。

  日本の奨学金の貸付残高は約9兆円で、1.3兆ドル(約153兆円)ほどの米国と比べると、まだ規模は小さい。しかし人口減少が始まっている日本での影響は小さくない。社会保障費の膨張で将来世代の負担は増える一方で、奨学金の返済に不安を感じる学生の進学意欲に影響を与える懸念がある。学生を支援する政府の財源にも限りがある。

給付型を拡充

  安倍晋三政権は、70億円を投じて低所得層に焦点を当てた給付型奨学金の基金を来年度からスタートさせる予定だ。政府資料によると、制度の本格実施は18年度からで、住民税非課税世帯の学生を対象に、国公立か私立か、自宅通学か自宅外かなどによって、月2万、3万、4万円のいずれかの額が支給される。特に経済的に厳しい学生には17年度から一部先行実施する。

  安倍首相は10月12日の衆院予算委員会で「家庭の経済事情によって子供たちの将来が左右されてはならない、これが安倍政権の基本的な考え方」であり、「奨学金でみんなで後押しすれば、将来その子が頑張って納税者になれば、将来へのまさに投資」だと述べている。

  一方で、社会保障費の配分をみると、年金や医療費などシニア層に手厚くなっているのが実態だ。シニア層は選挙の投票率も高く政治への影響力も強い。国勢調査によると、75歳以上の人口は14歳以下をすでに上回っている。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2035年には人口の20%が75歳以上、約10%が14歳以下になるという。

進学率は上がっても

  教育は戦後日本の経済発展に大きく寄与してきた。文部省(当時)の「日本の成長と教育」(1962年度)は、「戦前からの蓄積された知識・技能という人的要素」が敗戦からの経済復興を支えたと記述。大学・短大への進学率は1980年までの20年間で10%から37%に急上昇し、企業を支える人材を送り出してきた。大学・短大への進学率は現在約57%、高専・専門学校などを含めた高等教育機関への進学率は約80%となっている。

  進学率は上昇しても、大学を出たからと言って安定した仕事が得られるわけではない。実家が母子家庭で、兄も奨学金を借りて大学に通う京極さんも、慎重に将来を見据えている。就活は簡単ではないし、就職できたとしてもその会社が長く存在するとは限らないからだという。基幹理工学部情報通信学科2年生の京極さんは、奨学金の一部は大学院に進学することになった場合のために貯蓄している。

  日本経済にも京極さんは悲観的で「人口ピラミッドを見ていたら結構どうしようもない感じ」と話す。大学からは今年、40万円の給付型奨学金を受けることができたが、現在もカラオケ店でアルバイトをしているという。

  高度成長期には高校を卒業して安定した職を得て家庭を築くことは一般的だった。しかし、現在では労働市場も高度化し、待遇の良い職を得るには高等教育機関でのトレーニングが必要だと東京大学・大学総合教育研究センターの小林雅之教授は語る。

高いスキル

  奨学金返済制度改正に関する政府有識者会議で主査を務めた小林氏は、人工知能(AI)などの技術が進んでいるため、単純労働だけではなく複雑な労働もAIなどで代替が可能になっていくと指摘。人間にはますます高いスキルが求められる中で、「教育にはまだまだ伸び代があって経済成長にも役に立つ」と言う。

  貸与型奨学金の最大の貸し手は日本学生支援機構で、15年度末で借りている大学生は約98万人、10年間で51%増加した。これは学生全体の38%に当たる。貸与奨学金には無利子と有利子(最大で3%の利子)があり、対象は大学生以外の専門学生なども含む。

  文部科学省によると、17年度から同機構の無利子奨学金は拡充され、無利子奨学金の返還額が所得に応じて変化する新制度が加えられると言う。同機構の調査では、他の機関も合わせると51%の大学生が何らかの奨学金を利用しているという。

のしかかる返済

  奨学金問題対策全国会議事務局長で弁護士の岩重佳治氏によると、奨学金を返済できない人も多くいる。在学中に奨学金を借り過ぎないようにするためアルバイトに時間を取られて中退する人や、就職しても低賃金・過重労働で支払いができない人、最終的に自己破産を申請する人、結婚や出産をあきらめている人も多いという。

  日本学生支援機構の遠藤勝裕理事長(71)は、貸与型奨学金を「すべていきなり給付型に切り替えろといっても、日本の財政状況からして無理」と話す。増税でさらに給与型奨学金の財源をねん出するのは国民の賛同を得難く、高齢者への支出をカットするのも政治的には難しいだろうと遠藤氏は言う。

  同機構の総貸付残高は15年度末で8兆9232億円で、返還者の内4.2%の16万5000人が同年度末に3カ月以上の支払い延滞となっていたという。

  大学側にとっても学生の支援は課題となっている。早稲田大学によると、15年度に約21億円の学内給付型奨学金を交付した一方、日本学生支援機構からの在学生への貸与奨学金は同年度末で計約93億円だった。地方からの学生のための給付型奨学金も用意している。

早大生の山川さん
早大生の山川さん
Photographer: Noriko Hayashi/Bloomberg

  「めざせ!都の西北奨学金」から年間40万円の支援を受けているのが山川大貴(18)さんだ。愛知県出身の山川さんは、奨学金なしでは早大法学部への進学は厳しかったかもしれないと話す。父親が他界した後、実家の呉服店を経営している母親は余裕があるわけではないという。

  政府から給付型奨学金がもらえれば助かるが、それだけでは問題の解決にはならないだろうと山川さんは考えている。「70代、80代の人がお金をため込んで使わない」ということをニュースで耳にしたと言い、何のための貯蓄かと言えば「今後のため」と聞くと、「もっと経済を回してほしいと思う」と話した。

地方自治体や企業も支援

  労働力不足に悩む地方では、奨学金返済を支援することで優秀な若者を確保しようという取り組みもある。徳島県は県内で3年以上正社員として働いた人に、最大で100万円まで援助をする制度を設けている。非正規労働者は対象外だ。制度の創設に関わった徳島県県立総合大学校本部の川口雅代課長補佐は「経済の底上げで長い目でみて長く頑張っていただける人」を確保したいと話す。

  奨学金返済を支援する企業も出てきている。眼鏡店を国内外で展開するオンデーズでは社内選考を通過した社員に対して、毎月給与に上乗せし奨学金の返済額を支払う制度を導入している。田仲宏人事部長は、学生に「企業を選んでいただかないといけない時代になっている」と述べ、「企業の良さをまず伝えてわれわれがむしろ学生さんに営業をかけているという気持ちでやっている」と言う。

ホーチミン市で働くオンデーズ・中谷さん(右)
ホーチミン市で働くオンデーズ・中谷さん(右)
Source: OWNDAYS Co.

  今年、支援受給者の第1号に選ばれたのは中谷日南子さん(22)だ。関西の私大を卒業する前に同社を含めて3つ内定をもらっていたという。在学中にはアルバイトもしたが、卒業までに借りた奨学金は192万円で、毎月8000円ずつ20年間で返済する予定だ。「受けたい会社にこういう制度があるのは良かった」と中谷さんは言う。

  海外勤務を希望していた中谷さんは、現在ベトナムのホーチミン市の店舗で勤務している。妹は音楽系の大学に行くことを希望しているという。お金はかかるが「やりたいことをやらせてあげたいので、その分お金をためたい」と語った。

最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中 LEARN MORE