トランプ財政に対する市場の期待は行き過ぎており、為替相場の鍵を握るのはなお金融政策だー。かつて通貨外交で手腕を発揮した内海孚元財務官は、金融緩和からの脱却で出遅れる円は最弱通貨となるが、米連邦準備制度理事会(FRB)がドルの独歩高を警戒して行動するため、大幅な円安・ドル高進行の可能性は低いとみている。  

内海元財務官
内海元財務官
Photographer: Lucas Schifres/Bloomberg News

  内海氏(82)の読みはこうだ。ドナルド・トランプ次期米大統領と与党・共和党は「FRBの人工的な金融緩和策に批判的なので、FRBは従来よりは躊躇(ちゅうちょ)せずに利上げしていく」ため、金利上昇で先行する米国のドルが強くなる流れが続く。欧州中央銀行(ECB)も少しずつ出口を模索していく可能性が高い一方、日本銀行だけは何もできないと見込まれ、来年も「ドル、ユーロ、円の順に金融政策を反映した相場の流れが続き、円は最弱通貨になっていかざるを得ない」。

  ただ、ドルの独歩高には「トランプ政権がどうこうより、FRB自身が用心深いだろう。金融政策で為替ヘの配慮を欠くことはあり得ない」。内海氏によれば、各国・地域とも市場介入ではなく金融政策こそが為替に対する「オンリー・ゲーム・イン・タウン」(唯一の選択肢)で、「この傾向は今年に入って和らいだが、財政出動が主役になるには至らない」と言う。

  トランプ氏が次期米大統領に決まって以降、外国為替市場では世界的な株高と米金利の上昇を背景にドル高が進んだ。主要10通貨に対するブルームバーグのドル指数は11月下旬にデータでさかのぼれる2004年末以降で最高を記録。円相場の下落率は11月に1995年以来の大きさとなった。その後の相場はもみ合い状態が続いている。

dollar/yen
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  ブルームバーグがフェデラルファンド(FF)金利先物を基に算出したFRBの利上げ予想確率は、来週の会合で100%。来年の追加利上げについても市場関係者の見方は強気だ。一方、一段のドル高や円安については、要人から懸念の声が出ている。シカゴ連銀のエバンス総裁は先週、ドル高が米製造業への向かい風になっていると指摘。安倍晋三首相の側近である自民党の下村博文幹事長代行は今週、輸入物価上昇の副作用に触れ、これ以上の円安を望まないと言明した。

  内海氏は6日のインタビューで、「日米欧3極の通貨はお互いの金融政策を見合って動く。ドル高が米国の貿易に与える悪影響も考えないといけない」と指摘。「このまま円安がどんどん進むかは慎重にみるべきだ」と述べ、一部の円弱気派が見込む130円程度までの円安・ドル高は実現しないとの見方を示した。   

「一番大きな懸念」

  内海氏は1983年から86年までワシントンの日本大使館で大蔵省(現財務省)出身の公使を務めた経験がある。日米円・ドル委員会やドル高是正で米英独仏と合意した85年9月のプラザ合意などをめぐっては、米財務省との実務交渉を担当。過度なドル安に歯止めをかける87年2月のルーブル合意時には国際金融局長、89年から91年まで財務官として手腕を発揮した。現在は東海東京フィナンシャル・ホールディングスのグローバル・アドバイザリー・ボードの議長などを務める。

  円高・ドル安要因とされるトランプ氏の反・自由貿易主義は「一番大きな懸念」と、内海氏は指摘。環太平洋経済連携協定(TPP)からの撤退表明や北米自由貿易協定(NAFTA)をめぐる米企業への干渉など「貿易面の自国第一主義、アメリカ・ファーストは選挙中と当選後で一貫して変わっていない。米大統領の権限でできることがある分野なので、皆覚悟しておいた方が良い」と言う。

  次期政権の減税・インフラ投資構想については「米国では大統領より議会の権限が強い。トランプ氏がやりたいことの何分の1が実現するかだ」と言い、「米共和党は減税は受け入れやすいだろうが、公共投資の拡大にはかなり明確な拒否反応がある」と話した。米経済成長とインフレ、金融引き締めの加速に関する市場の期待先行には行き過ぎの面があるとみている。

  米財務長官人事については「80年代のジェームズ・ベーカー氏のように非常に存在感を示す場合と、そうでない場合がある」と指摘。為替政策に関する方針は「日本にも世界にも影響が大きいが、米国はドル相場についてリーダーシップを取るというよりは受け身で対応する傾向がある。プラザ合意当時もそうだった」と話した。

  「ドル高に対する口先介入がどの程度出てくるかは注目点だ」。内海氏は、トランプ次期政権からドル高けん制発言があっても「それが響くのは自虐的な日本の市場だけだ。具体的な政策手段に表れるかはクエスチョンマークだ。したがって、相場への持続的な影響力もクエスチョンマークだ」と述べた。実弾介入が想定しにくい中では、金融政策のような持続的な影響力は及びにくいとの見方を示した。

  日銀が9月に導入した長短金利操作付き量的・質的金融緩和策とトランプ相場が相まって日米金利差は拡大し、当局が目指す物価押し上げに寄与する円安につながっている。内海氏は、日銀にとって「外部環境は政策目標の達成をめぐって感じている重圧を和らげる方向に動いている」ものの、黒田東彦総裁が金融緩和の縮小に向けて早急に動く可能性は低いとの見方だ。

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日本経済の意外な強さ:
**日本経済は完全雇用状態にあり、生産性も上がっている。人口減少社会では経済状況をGDPの規模で評価するのは間違いだ。労働者や国民「1人当たり」を重視し、人口減を割り引いて考えないといけない

**労働力人口が01年から13年まで0.7%ずつ減ったにもかかわらず、実質GDPは年平均0.5%成長した。労働力人口1人当たりだと同期間の累積で20%も成長し、米国の11%を上回った

財政再建には消費増税:
**財政再建には消費増税しかない。社会保障給付は受益者数が増加の一途をたどる一方、負担者は減るばかりだ。経済力のある受益者にも負担してもらう必要がある

**安倍政権が掲げる名目3%・実質2%成長の持続可能性には懐疑的な見方が多い。家計消費が伸びないのも、皆が将来への不安を抱えているからだ

**このままでは成り立つわけがない。消費税率は早く10%にするのは当然だが、10%にしても全然足りない。日銀の金融緩和も財政がきちんと締まってこないと本当の出口はない
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