「引きこもり」から「総活躍」へ、54万人の道どう開く-人口縮む日本

  • 就労にたどり着くまでにはいくつもの段階-違和感あるとの指摘も
  • 若者の1.6%がひきこもり、5%が親和群-進む長期化と高齢化

平井渚さん(30)は東京・世田谷に生まれ、厳格に育てられた。男子とサッカーをして遊ぶような活発な子だったが、小学校入学後すぐに不登校が始まり引きこもりがちになった。今は書籍編集のアルバイトなどをしながら1人で暮らしているが、時にどうしようもない自己否定感にさいなまれ、布団から出られなくなる日もあるという。

  「忘れ物をしただけでも1日中不安になる」ような真面目な性格。不登校になって間もない頃は、机にしがみついて抵抗する平井さんを両親が無理やり学校に連れて行くこともあった。しかしある時、母親は「不登校でも大丈夫」と言うようになり、まったく怒らなくなった。平井さんは「母だけが外の世界から守ってくれる人という意識があった」と話す。

Nagisa Hirai. Photographer: Maiko Takahashi/Bloomberg

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Photographer: Maiko Takahashi/Bloomber

  安倍晋三政権は6月に「1億総活躍プラン」を閣議決定し、引きこもりなど「社会生活を円滑に営む上での困難を有する子供・若者」に対し相談支援などを充実させ、「就労・自立を目指す」とうたった。しかし現場を知る専門家は「活躍」という言葉への違和感を隠さない。

  NPO「シューレ大学」で引きこもりや不登校の支援に携わる朝倉景樹氏は、「『1億総活躍』という言葉は引きこもりにとってはプレッシャー」と話す。「活躍」の裏には「成果」が期待されるとし、「活躍ではなくて幸せではいけないのか」と問う。

  内閣府が9月に公表した調査によると、全国の15-39歳の男女で半年以上にわたり家族以外とほとんど交流せずに自宅にいる「ひきこもり」は推計54万1000人。同年齢層のうち1.6%に相当するが、5年前の前回調査に比べると約16万人減っている。

  一方で、内閣府は前回調査で155万人に上った引きこもりに共感する「ひきこもり親和群」について今回、公表を控えた。前回調査に基づいてブルームバーグが試算した推計値は166万人と約11万人増加。全体の約5%を占める。

  引きこもりの長期化・高齢化の傾向も顕著だ。今回調査では、引きこもり期間が「7年以上」に及ぶケースが34.7%で、うち30-39歳が40.8%と半数近くを占める。島根県山形県が40歳以上の県民も対象に含めて実施した調査では、いずれの結果も「10年以上」が3割超。40歳以上の割合は島根で53%、山形で44%に上った。しかし、内閣府の調査では把握できていない。

  「Hikikomori」という単語はオックスフォード英語辞典にも載っている。「(日本で)社会との接点を異常に避けること。通常は思春期の男性によるもの」が定義だが、実際には年齢層や性別を超えて広がる。

プレッシャー

  平井さんは、定時制高校に入学して間もなく拒食症になり、体重が30キロ台まで落ちた。「拒食症と引き替えに外出ができるようになった。食を抑えることで自分の気持ちを抑えられた」と、心のバランスを取ろうと必死に模索していた当時を振り返る。起床、外出、就寝の時間を自ら定めて、10分でもずれるとパニックに陥り、物を壊すこともあった。

  結局、高校には通えず、同級生の卒業に合わせて自主退学を決断。両親は「籍だけでも置いていてほしい」と願ったが、平井さんは「年齢的なプレッシャーがあった」と話した。

  シューレ大学の朝倉氏は、学習指導要領による教育の均一化などを背景に、日本は同調圧力が強い社会になったと指摘。引きこもりを「弱い」と批判し、「なぜこの人は働けないのかと責める」傾向があり、当事者の自己否定感を強めるという。

  内閣府が2014年に公表した日本、韓国、米国、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンの7カ国の若者(13-29歳)を対象にした調査によると、「自分自身に満足している」との問いに「そう思う」と答えた割合は、日本が最下位の7.5%。最上位の米国は46.2%、韓国は29.7%だった。「自分には長所がある」、「今が楽しければよい」、「自分の考えをはっきり相手に伝えることができる」の各項目も日本は最下位だった。

  野村総研の伊藤利江子主任コンサルタントは、日本では家族を家庭で囲ってしまう文化があるため、引きこもりになりがちだが、欧米では若年ホームレスになるケースが多いと指摘する。12年の厚生労働省の調査によると、日本ではホームレスのうち39歳以下は3.7%という。

就労

  インタビュー中ずっと笑みを絶やさず、ハキハキした口調で話す平井さんだが、将来の目標を聞くと、少し驚いた表情を見せた。「仕事も学校の延長と捉えてしまう。ずっと引きこもっていた昔みたいになるのが怖いから、何をしたいというよりも、どういう人のなかで過ごすかが大事」という。「親も年を取ってきたし、学歴は中卒。将来どう生きていこうという不安は常にある」と硬い笑顔で話した。

  安倍首相は13年5月7日の参院予算委員会で、引きこもりやニートの若者へのメッセージを求められ、「『頑張って自分の足で立っていこう』と思ってほしい」と応じた上で、「求人と雇用を増やすことこそ政治の仕事だ」と答弁した。

  足元の失業率は3%程度で推移。安倍政権は雇用改善をアベノミクスの成果と胸を張るが、引きこもりなど求職していない人は失業率に反映されない。一方、生産年齢人口(15-64歳)の減少ペースは急激だ。国立社会保障・人口問題研究所の統計によると、1995年の8700万人から14年には7800万人に減少。50年には5000万人まで落ち込むと予想されている。

  就労が進めば社会保障財政の改善にもつながる。厚生労働省の研究会が10年にまとめた報告書によれば、20-64歳まで就労した独身男性の場合、正規労働者で4592万円、非正規労働者で2599万円の税・社会保険料を納付すると推計。一方、生活保護を受給した場合は5239万円の負担が発生すると試算した。生活保護受給者が就労者になれば、1人当たり合計7838万円から9831万円分の財政的なプラス効果が生じる。

  野村総研の伊藤氏は、現在の引きこもり支援はNPOなど「個人の志に依存してしまっている」と指摘。労働力の人手不足が叫ばれる現在、適切な政策によって支援対象から労働人口への移行が可能になるとして、支援は「コストではなく、投資と捉えることが大切だ」と訴える。

人との関わりから

  厚労省は09年度に「ひきこもり対策推進事業」を創設。各自治体の相談窓口を整備したほか、相談員も養成してきた。ただ、内閣府の調査では、引きこもりの65.3%が「関係機関に相談したいと思わない」と回答。理由として「うまく話せない」や「自分のことを知られたくない」などが並んだ。

  東京都の事業で引きこもり支援を行う臨床心理士の谷田征子氏は、支援は人との関わりに慣れてもらうところから始まると話す。「就労にたどり着くまでにはいくつもの段階がある。本人には働かなければいけないという意識はあるが、実際に就労につながる人はそれほど多くない」という。1億総活躍に引きこもりが含まれたことについても「違和感があった」と漏らした。
 
   谷田氏は、「親が相談に来て初めて引きこもりの存在が明らかになるし、親の協力があってこそ支援が進む」と説明。しかし日本には「恥の文化」があり、家族が世間の目を気にして周囲に知られるのを恐れる傾向があるとして、それが一層支援を難しくしていると話す。

  引きこもりに関する著書もあるトキワ精神保健事務所の押川剛氏は、社会が豊かになるにつれてプライバシーの権利も厳格になったため、「本人の意思がなければ外部から介入できなくなった」と指摘。親を介在させた間接的な解決を図る支援が一般的となったが、結果として「引きこもりは家族の責任となり、追い詰められた家族は行き場を失う」と語る。家族だけでなく地域や行政がもっと積極的に関与するべきだと訴えている。