マートン教授デリバティブ信奉揺るがず、LTCM破綻どこ吹く風

更新日時
  • 金融面での革新は社会に多大な便益をもたらした
  • 1997年にノーベル経済学賞、翌年にLTCMが破綻

米著名投資家のウォーレン・バフェット氏が「金融の大量破壊兵器」と表現したことのあるデリバティブ。その価格決定に関する研究でノーベル経済学賞を受賞したロバート・マートン氏は、社会にとって有益で必要な発明だとの主張を貫いている。

  マサチューセッツ工科大学(MIT)のマートン教授は、デリバティブは「利用者の利益を犠牲にすることなく安全を提供できる解決策」だとし、バフェット氏の発言はデリバティブを批判したい人々によって曲解されていると言う。米銀による自己勘定取引の制限を提唱するポール・ボルカー元連邦準備制度理事会(FRB)議長の批判的な発言には憤りを隠さない。

  ボルカー氏によれば、金融の革新が社会の利益になったのは現金自動預払(ATM)が最後。これに対しマートン教授(72)は24日、京都市内でのインタビューで、オプション取引や金利スワップが金融市場でかつてないほどの賑わいを見せるなど「金融面での発明と理論的な発展が生んだ利益は莫大だ。この利益を認識する必要がある」と反論した。 

ロバート・マートン教授

Photographer: Shigeki Nozawa/Bloomberg

  マートン教授はノーベル経済学賞を1997年にマイロン・ショールズ氏と共同で受賞。93年に旧ソロモン・ブラザーズ副会長だったジョン・メリウェザー氏らと共同で設立した米大手ヘッジファンド、ロング・ターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)は高収益を上げていたが、受賞翌年の98年秋にロシアによる突然の債務不履行で金融市場が混乱に陥る中、運用失敗で巨額の損失を抱え、実質的に破綻した。

  この破綻劇は国際金融システムを危機の淵にまで追い込んだほか、2007年以降は複雑な証券化商品の価値急落が世界的な金融危機をもたらした。ボルカー氏のATM発言が飛び出したのもリーマンショック翌年の09年。デリバティブはウォール街を一歩離れれば、未だに実体経済・社会から懐疑的な目で見られがちだ。それでも、マートン教授は持説を曲げていない。

  実際、マートン教授が発展に貢献したデリバティブ取引は数々の金融ショックを経ても、いっこうに衰えない。米市場における株式オプションの売買高は今年30億枚と、11年に通年で記録した過去最高の45億枚に見劣りしない活況ぶりだ。国際決済銀行(BIS)によると、スワップと先物、オプション取引を含む金利デリバティブの売買高は1日当たり約2.7兆ドルと13年の約2.3兆ドルから拡大している。

  ボルカー氏は2009年にウォールストリート・ジャーナル(WSJ)開催のイベントで、「金融市場における偉大な革新の数々を耳にするが、彼らはきっと非常に沢山の革新を必要としているのだろう」と指摘。しかし、少なくとも「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)と合成債務担保証券(CDO)という二つの発明品のせいで、われわれは破滅の危機にひんしたのだ」と述べた。

  マートン教授は「ATMがいつ発明されたか知っているか?1969年だ」と言い、ボルカー氏の見解が正しければ「70年代以降に生じた全ては社会にとって有益でなかったことになる。しかし、数々の発明が無益だとは言えないだろう」と語った。「もし自動車が動かなければ、必要なのは修理だ。車という発明自体を否定することではない」と述べた。

  70年代は、ドルを基軸通貨とする戦後の国際金融システムであるブレトンウッズ体制がニクソン米大統領による金とドルの交換停止で事実上崩壊。日米欧経済は2度にわたるオイルショックにも見舞われ、景気の停滞と高インフレが併存するスタグフレーションに陥った。ただ、この苦しみこそが今日に至るまで社会に恩恵をもたらしている発明を生んだのだとマートン教授は言う。

  相場の変動リスクを効率的に回避するためのオプション市場の創設、債権・債務の構造的な金利リスク回避などに有効なスワップ取引の発明。マートン教授は、円滑な融資が可能な米住宅金融市場の成立や、今では幅広く受け入れられている国際分散投資という考え方も当時は斬新だったと指摘し、指数連動型ファンドや経営者の拠出による企業年金もこの時代の産物だと加えた。

危機の一因は金融機関に

  一方で、こうした革新的な金融取引は過度な投機にも利用され、結果的に世界経済を崩壊寸前に追い込んだ経緯もある。債務不履行による元本リスクを回避するために有効なCDSは、保証料に相当するプットの価格算出にマートン教授の定理がいかされている。CDSの契約残高(想定元本ベース)は金融危機前の2007年に世界の国内総生産(GDP)を上回る規模に膨らんでいた。

  大量のCDS取引を手掛けていた米証券リーマン・ブラザーズ・ホールディングスがサブプライム(信用力の低い個人向け)住宅ローン問題で08年9月に破たんすると、取引相手の米保険会社アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)も経営難に直面。米政府は、金融システムの崩壊を阻止するため救済を余儀なくされた。

  マートン教授によると、CDSは本来、信用リスクが高い企業にも自社製品の販路を広げたい大企業などにとって重要な解決策になる。世界的な金融危機の一因はCDS自体ではなく、手数料欲しさにプットを売りすぎたAIGのような金融機関の投資行動にあったと言う。

  一連の危機を通じて能力不足と不誠実さを露呈した金融機関と規制当局は信用を失ったと、マートン教授はみる。当局は監督対象である金融市場の複雑さを理解できなくてはならず、優秀な人材の確保には報酬の引き上げも必要だと指摘。ウォール街で働く人々の大半はひたすら強欲だとの見方には真っ向から反論した。

  どの業界にも愚か者や悪党はいるが「私が知る金融の専門家や研究者のほとんどは自らの仕事に真剣だ。一般市民から資産をだまし取ろうとする詐欺師や倫理を踏み外した人物ではない」と言う。

バフェット氏を曲解

  バフェット氏は会長を務める投資・保険会社バークシャー・ハサウェイの02年年次報告書の中で、デリバティブは金融の大量破壊兵器と指摘し、致命的になり得ると述べた。ひとたび弱い金融機関が倒れれば、経済全体に悪影響が広がるドミノ効果が生じる恐れがあると分析。中央銀行には潜在的なリスクを監視したり、コントロールする術がないとの見方を示している。

  バフェット氏に関してマートン教授は、「彼はデリバティブを絶えず利用しているし、偽善者でもない」と指摘。一部の人々によって「本来の文脈から離れた形で勝手に誤った解釈がなされている誤訳されているのだろう。誰も試みないが、彼に直接尋ねてみると良い。非常に面白いだろう」と述べた。

  米当局への届け出によると、バークシャーは7月に1億9500万ドルを支払い、債務不履行に対する保証を提供するポジションを解消した。このCDSから生じ得る最大損失額は6月末時点で78億ドル。同社はなお、複数のデリバティブ契約を結んでいる。ブルームバーグはバフェット氏にコメントを求めたが、答えは得られていない。

  マートン教授によると、MITは今日の複雑なデリバティブ取引を理解できる人材の育成をさらに強化していく方針。年金基金の収益向上に向けた取り組みに過去12年間の多くを費やしてきたと言い、いくつかの失敗も経験したが、現在のような低金利環境では株式と債券だけに投資する世界に戻る理由はないと述べた。

  マートン教授は日本を代表する公的年金基金、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が国内株式の運用を一部委託するディメンショナルのレジデントサイエンティストを務める。同社が運用を受託しているGPIFの資産残高は3月末時点で1190億円と1年間で9%増えた。

  デリバティブが「社会に便益をもたらさないなら話は簡単だ。やらなければ良い。しかし、これらの金融工学は莫大な価値を生み出す」と、マートン教授は語った。

(第11段落以降を追加、更新します.)
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