バンジージャンプで日本の地方活性化に貢献、立役者は豪州人

  • ボウ・レタリック氏はバンジージャンプのギネス世界記録を樹立
  • キリンやサムスンが同氏のバンジー施設をCMに起用

オーストラリアで育ったボウ・レタリック氏は、ずっと金持ちになることを夢見ていた。同氏が大半の機械いじり好きと違うところは、発明品が実際に利益を上げていることだ。

  レタリック氏は17歳だった1991年、ポリエチレンペレットを大型水槽に成形する機械を設計した。父親のゲリーさんによると、この機械は同氏の実家のプラスチック会社の価値を押し上げ、同社は後に1800万ドル(現行レートで約18億7000万円)で売却された。「他の子供がスポーツのことを考えている時に、息子は機械ばかり眺めていた」とゲリーさんは振り返る。

ドローンを操作するレタリック氏

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  レタリック氏が手掛けたもので最も新しいのは、友人のチャールズ・オドリン氏と共に2007年に設立したバンジージャンプ運営会社、バンジージャパンだ。東京から2時間離れた群馬県利根郡みなかみ町にある同社は、純粋に金を稼ぐ効率で言えば、レタリック氏がこれまで創作した中で最高傑作だ。仕掛けは簡単だ。ゴムロープにつながったジャンパーが橋の上から飛び降り、電動ウインチでジャンパーを引き上げるというもので、約3分後には次のジャンプが可能になる。

  顧客は昨年、レタリック氏に平均110ドルを約3万1600回支払っており、合計すると約350万ドル(約3億6400万円)に上る。同氏は2014年、「24時間以内に何回バンジージャンプを跳べるか」という挑戦で、19時間7分で158回のギネス世界記録を樹立した。

  長い髪を後ろでしばり無精ひげを生やした42歳のレタリック氏は、1999年から住んでいる日本では目立つ存在だ。ただ、バンジージャンプ台を開設することで活気の少なかった茨城県を観光客の集まる場所に変貌させてから、レタリック氏に対する地方関係者の態度は暖かくなった。静岡県富士市も最近、レタリック氏の会社に場所をリースした。同市の議会議員の荻田丈仁氏は、「われわれにとっても磁石になると思った」と話す。

バンジージャンプ(群馬県猿ヶ京)

Photographer: Paul Goguen/Bloomberg

  口コミで広がったり、メディアに取り上げられたりしたおかげで、宣伝する必要がなかったという。キリンや韓国サムスンが同氏のバンジー施設を広告に起用したことがあるほか、会社員らが悩み解決のためにバンジーを跳ぶ番組「ワケありバンジー」など、日本のテレビ番組にも登場した。

  レタリック氏の運営する全てのバンジー施設は国際安全認証を取得しており、これまで全く無事故なのだが、同氏はそれをあえて宣伝していない。 「人は大胆な人間になりたいからバンジーを跳びたいのだ。その気持ちを奪いたくない」と話す。

  そよ風が吹き、青空が広がった9月後半のある日、レタリック氏は自分の会社の駐車場で新しい発明品の実験を行っていた。相撲取りを持ち上げるほどのパワーのあるドローンだという。ジャンプをより良いアングルで撮影する方法を考えている時に、このアイデアを思いついた。

  ドローンはその日、地上から飛び立つことができなかった。しかし、バンジー会社のおかげで、レタリック氏には機械いじりを続ける余裕がある。「作り直したり、分解しなければならなくても全くかまわない」と話した。

原題:Cashing In on the Fear Factor(抜粋)

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