額縁3240円は家康「しかみ像」、2000億円統べるレオス藤野氏

更新日時
  • 「ひふみ投信」の地銀向け間接販売が伸長、投資顧問も拡大狙う
  • 設定来パフォーマンスはプラス231%、世界的インフラ投資に注目

レオス・キャピタルワークスの藤野英人社長にとって、自宅に飾る3240円分の紙幣と硬貨を収めた額縁は戦国武将の徳川家康が慢心の自戒とした「しかみ像」だ。そこには、一度は社長職を退くことになった反省と日本を代表する投資信託づくりへの思いが込められている。

Hideto Fujino

Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  株式ファンド「ひふみ投信」を運用するレオスの運用純資産総額は、9月末に投資信託と投資顧問両事業の合計で2000億円を突破した。投信は約1200億円で、直接販売が330億円、間接販売が900億円。間接では現在、16の地方銀行がひふみ投信を販売する。藤野氏自身が全国の地銀を行脚し、投資の必要性や楽しさを伝える手法が地銀の販売担当者、地方の投資家の間で浸透し始めている。

  藤野氏はブルームバーグ・ニュースのインタビューで、「もう一度社長になろうとは思っていなかったが、日本に良い投信がなく、リスペクトされる投信をつくりたいという夢に賭けた」と話した。ファンドにとってパフォーマンスが良いことは当然で、それ以上に「どうやって商品をマーケティングするかが大切」と指摘する。

            一時はISホールディングスに売却

  同氏はゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントなどを経て03年にレオスを創業、08年に国内外株式を投資対象とするひふみ投信を設定、運用を開始した。しかし、リーマン・ショックによる経営環境の悪化を受け、09年にレオス株を金融サービス会社のISホールディングスに売却、自身は社長を辞任し、最高投資責任者(CIO)として運用に専念した。昨年10月、6年ぶりに社長に復帰した。

  日本でのこれまでの投信販売は運用会社の知名度や規模の大きさ、グループ会社かどうかによって選ばれがちで、「リスクが高い商品を組成方法でリスクが低いように見せたりするものが大多数。売れ筋商品とパフォーマンスの連動性は全くない」と藤野氏は手厳しい。しかし、販売現場では変化が起きており、「低回転で長期投資を目指す改革派と毎月分配が大切で、回転しないともうからないと思っている守旧派が争う流れ」と言う。改革派の銀行がひふみを採用しており、47都道府県の地銀を対象にパートナーを広げていきたい考えだ。

  ブルームバーグ・データによると、ひふみ投信の設定来のパフォーマンスはプラス231%(9月末現在)と、同期間にプラス44%だったTOPIX(配当込み)を圧倒する。5年間の成績は商品分類上、同じグローバル・バリュー型に属するファンドの97%をアウトパフォーム。「資金が底堅く増え、次の投資機会になる。その循環がパフォーマンスにつながっている」と藤野氏はみる。

  現在のポートフォリオは60-70%が中小型成長株、20-30%をマクロ視点から選ぶ。藤野氏は現在、景気が回復傾向にあるとみてディフェンシブ銘柄中心から転換、景気敏感株の比率を上げている。日本銀行など世界の中央銀行の金融政策は行き詰まり、「これからは財政政策。ケインズの時代に戻る」と分析。米国の大統領候補がインフラ再建計画を打ち出しているのをはじめ、グローバルにインフラ投資が拡大すると予測し、コマツなど建設機械銘柄が有望としている。また、資源需要の増加から割安感のある三菱商事なども上昇の可能性がある、と話す。

             顧客にノルウェー年金ファンドも

Rheos-Hifumi Fund largest shareholdings

Bloomberg

  藤野氏は投資顧問業の拡大も狙う。投資顧問の運用資産は770億円、最大顧客はノルウェーの年金ファンドで、ひふみ投信と同様のパフォーマンスを出している。9月には欧州投資家を訪問、日本株ではサラリーマン的な運用会社が多く、面白くないとの声を聞いた。「グローバルなファンドで日本株をアンダーウエートしていても、アクティブに運用する人が必要。僕らにチャンスがある」とし、10年後に投信と投資顧問業の規模を同程度にしたいというのが同氏のビジョンだ。

  社長に復帰し、1年の3分の1以上は講演やセミナーで出張の日々を送るが、年間100社程度の企業経営者との面会は欠かさない。「中堅・中小企業の社長は反骨の塊で、毎日会う中で考え方が変わっていった。学んだ面が大きい」と、長年務めた中小型株ファンドマネジャーとしての経験を今でも大事にしている。

  額縁の3240円は、09年にレオス株を1株1円で手放した際に振り込まれたものだ。後に江戸幕府を開いた徳川家康が武田信玄との三方ヶ原の合戦に惨敗し、憔悴(しょうすい)した自身を描かせ、生涯の戒めにしたと伝わるのが「しかみ像」。「自分にとってのそれ。見ると思い出し、見なくても思い出す」と藤野氏は言う。

(中見出しを追記.)
    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
    LEARN MORE