タイのプミポン国王が死去、88歳-国民の敬愛集め在位70年

  • 遅れた農業国を東南アジア2位の経済国へと導く
  • 国民を擁護する政治的かつ精神的な権威の存在

(ブルームバーグ):タイのプミポン・アドゥンヤデート国王(ラマ9世)が13日午後、死去した。88歳だった。国民から敬愛された同国王の在位期間は70年4カ月に及び、現役君主としては世界最長だった。

  タイ王室は声明で、プミポン国王が現地時間午後3時52分(日本時間同5時52分)にバンコクの病院で死去したと発表した。米国生まれの同国王は1946年6月9日、18歳で即位。軍部の圧力に耐えながら、遅れた農業国から東南アジア2位の経済国へと国を導いた。在位中に就任した首相は20人を超え、クーデターは2014年5月のものを含め10回経験した。

プミポン国王夫妻(1984年、バンコク市内)

Photographer: Alex Bowie/Getty Images

  米誌フォーブスは10年、プミポン国王の資産を300億ドル(現在のレートで約3兆1100億円)と推定、「最も裕福な君主」に選出した。しかしタイ当局はこの資産額に異議を唱えている。

  プミポン国王が全国に足を運び、山岳民族でも上流階級でも分け隔てなく接したことも国民の尊敬を集める一因となった。同国王の下でタイ王室は単なる受け身的な存在から、一連の軍事政権の下で圧迫される国民を擁護する政治的かつ精神的な権威へと変貌を遂げた。ただこのところの政治不安で、王室が果たす社会的役割への国民の目は一段と厳しくなっていた。

多彩な趣味

  プミポン国王は趣味が多彩で、多方面に造詣が深かった。作曲やサックスの演奏をたしなみ、かつてジャズの巨匠ベニー・グッドマンらと演奏を楽しんだ。ヨットレースや肖像画を描くことも愛好。そのほか、水処理や人工降雨の特許も持っていた。

  6800万人のタイ国民はプミポン国王への崇敬の念を表すため、家や会社、公共施設など至るところに国王の写真を飾っている。

  プミポン国王が国民向けに演説することは少なかったが、かつては毎年、自身の誕生日にテレビ演説を行っていた。しかし近年は誕生日のスピーチは行われず、公の場に姿を現すこともほとんどなくなっていた。タイ憲法では元首は国王だが、首相と議会が統治を行う。同国王が国民の前で政治の調整役を果たした珍しいケースは1992年5月に政府軍がバンコク市内で武力弾圧を行い、多数のデモ参加者が死傷したいわゆる「5月騒乱」の時だった。

一般家庭にも国王の写真が掲げられ敬愛された

Photographer: Brent Lewin/Bloomberg

  プミポン国王は当時のスチンダ首相と民主化運動の指導者チャムロン氏を王宮に招き、2人に事態収拾を命じた。この模様はテレビで放映された。政府の記録によれば、国王は「タイ経済への信用に加え、計り知れないほど多くの国民の信頼とモラルが失われた」とし、こうした状況では「勝者は存在し得ないことは明白だ」と語った。その後1週間足らずで首相は辞任した。

  プミポン国王は27年12月5日、米マサチューセッツ州ケンブリッジで生まれた。当時、父のソンクラーナカリン王子はハーバード大学で医学を学んでいた。その後、ソンクラーナカリン王子は家族と共にタイに帰国したが、プミポン国王が2歳になる前に亡くなった。

  同国王は2009年にバンコクの病院に入院。タイ王室庁によると 、背中の痛みや複数の疾患の治療が行われた。退院後、海辺の離宮であるクライカンウォン宮殿で療養などをしていたが、15年5月に再び入院した。

  プミポン国王はシリキット王妃との間に1男(ワチラロンコン皇太子)3女をもうけた。

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原題:King Bhumibol of Thailand, Longest-Reigning Monarch, Dies at 88(抜粋)

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