日銀新枠組み、第2次世界大戦前後の米金融当局の戦術を実質採用

  • 研究では単なる利回り目標だけでは物価上昇圧力の促進に至らず
  • 財政面のてこ入れを伴うことで初めて持続的なインフレ高進に

イールドカーブ(利回り曲線)の操作に金融政策の軸足を移した日本銀行は、米金融当局が第2次世界大戦中から1950年代初頭にかけて活用したのと同様の戦術を実質的に採用したことになる。ただ、当時の米国の経験に照らすと、こうした戦術単独ではデフレ克服に不十分かもしれない。

  大戦前後の歴史を研究したエコノミストによれば、50年余り前に米国の物価上昇のペースを最終的に加速させることになったのは、政府支出の増大とそれに伴う予想インフレ率の上昇だった。

  いったんインフレが加速すると、長期金利を特定の水準に維持する米連邦準備制度の戦術は利回り上昇への歯止めとして機能しなくなり、金融当局は51年に米財務省との間で金利上限維持策の終了を宣言するアコード(共同声明文)を発表することになった。

アイケングリーン教授

Photographer: David Paul Morris/Bloomberg

  45-51年の米金融・財政政策について共同で論文をまとめた米カリフォルニア大学バークリー校のバリー・アイケングリーン教授は、インフレ期待が抑制されている場合、単に利回りを目標とするだけでは必ずしも物価上昇の圧力を促すことにならないと指摘。だが、人々が既にインフレ加速を予想しているなら、こうした措置が物価上昇を促進するのに役立つ可能性がある。

  このような結論は、10年国債利回りをゼロ%程度とするイールドカーブ誘導の新たな金融緩和策を導入した黒田東彦総裁をはじめとする日銀当局者にとって、ありがたくないものだろう。

  日銀の新たな枠組みのもう一つの柱は、2%のインフレ目標を安定的に超えるまで緩和を続けることを約束することで、予想インフレ率を押し上げる「オーバーシュート型コミットメント」だ。過去数十年にわたるデフレ傾向で定着した家計や企業の低インフレ期待を転換させるのは容易ではない。

  米金融当局が、先の大戦中とその直後に長期債利回りの上限を2.5%に保ったのはインフレそれ自体とは無関係で、政府の借り入れコストを抑制し、戦争遂行を支えるのが目的だった。

  戦争中は物価統制で抑えられていたインフレ率は、戦後に急上昇して47年には19.7%に達した。しかし、米経済が翌年にはリセッション(景気後退)に陥って大恐慌時代に米国を苦しめたデフレに逆戻りし、このインフレ高進は短命に終わった。

  物価上昇圧力が経済の一段と恒常的な特性になりつつあると米国民が納得したのは、50-53年の朝鮮戦争で財政赤字が膨らんだのが背景だった。財政面の浪費は、財政黒字とデフレという第1次大戦後の状況からの決別と受け止められた。アイケングリーン教授はピーター・ガーバー氏と共同執筆した論文で当時について、このようにして「一般の人々の間でインフレ懸念が高まった」としている。

  連邦準備制度の歴史の著書がある米カーネギー・メロン大学のアラン・メルツァー教授は、財政赤字の大幅拡大が日本のインフレ押し上げに寄与するだろうと指摘。実際、それは朝鮮戦争で歳出が膨らんだ米国で起きたことだったのだ。

原題:BOJ Deploys U.S. World War II Tactics That Failed to Spur Prices(抜粋)

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