代償は国債市場の無力化か、日銀単独でデフレに勝利できずとの声も

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  • 日銀は10年債利回りがゼロ%程度で推移するよう国債を購入
  • 資本主義の終わりとの声が出ても不思議ではない、と大和投信

日本銀行が導入した長短金利の操作を中心とする新たな金融緩和の枠組みー。黒田東彦総裁は緩和の持続可能性を高めるためとしているが、流動性の枯渇で活力を失いつつある国債市場をさらに無力化しかねない可能性もはらんでいる。

  日銀が21日の政策決定会合後に発表した政策で市場関係者の目を引いたのは、長期金利がゼロ%程度で推移するよう、国債を買い入れる「長短金利操作」。国債保有額を年80兆円増やす方針を維持しながら購入対象の平均残存期間は廃止。指定した利回りでの国債買い入れオペを新設し、固定金利オペの対象期間を1年から10年に延ばすという。金融機関から批判が多かった日銀当座預金の一部に適用されているマイナス金利は現行のマイナス0.1%を継続する。

  黒田総裁は会見で、新たな枠組みの導入は何か手詰まりになったからではないと述べる一方、国債購入額はすぐに大きく変化することはないが、先行きの増減はあり得ると発言。年80兆円の残高増に固執せず、好ましいイールドカーブの実現を目指すと述べている。

黒田日銀総裁

Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  長期金利の指標となる新発10年物国債利回りはこの日銀発表を受け、一時0.005%と約半年ぶりにプラス圏に浮上。超長期債の20年物は0.455%まで上げた。一方、マイナス金利の深掘り観測で下げていた2年債利回りはマイナス0.225%まで上昇。20年債と2年債の利回り格差は62ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)と、先週14日に付けた約6カ月半ぶりの高水準から14bpほど縮小した。

  市場では日銀が為替相場などへの影響が大きい短中期金利は抑制しつつ、超長期債の利回り上昇と利回り曲線のスティープ(傾斜)化を促すとの観測が先月下旬からくすぶっていたが、21日の円相場は対ドルで上下に2円弱振れた後、1ドル=100円台前半と1カ月ぶりの水準に戻った。日銀発表前の市場では、異次元緩和の持続性を高めるため、国債買い入れ規模を柔軟化するとの見方も広がっていた。

  ブルームバーグが先週にかけて実施したエコノミスト調査によると、43人中23人が21日の追加緩和を予想。みずほ証券は長期金利を特定の水準以下に抑えるのに必要なだけ国債を買い入れる「金利キャップ制」の可能性を予見していたが、黒田総裁が導入した今回の新たな枠組みは、その想定を超えた。

  みずほ証券の丹治倫敦シニア債券ストラテジストは「金利キャップ制はあり得るとみていたが、イールドカーブ全体をコントロールするのは行き過ぎだ」と指摘。「国債買い入れの柔軟化さえできれば良かったはずなのに、各年限の金利を上限、下限とも日銀が実質的に決めてしまうのは『キャップ制』というより『ペッグ制』だ」と言い、国債市場の「ボラティリティは下がるが、金利は動かなくなってしまう」と述べた。

  異次元緩和の導入から3年半近く。日銀が保有する国債等の額は発行残高の3分の1を超え、需給逼迫(ひっぱく)の最大要因となっている。流通利回りがゼロ%を下回る国債は発行残高の約7割。日銀がオペ先を対象に先月実施した債券市場サーベイでは、現状の市場機能度は高いとの回答が初めてゼロだった。

  資本主義経済で資源の最適配分の役割を果たすはずの金融資本市場。日銀は金融調節に関する解説で、金利動向から市場の予想を読み取るのも、金融経済の状況判断に非常に重要だと明記している。大和証券投資信託委託で運用に携わる小宮力氏は、資本主義の終わりとの声が出ても不思議ではないと指摘。国債市場は死にかけており、可能性は否定できないと語った。

  日本証券業協会の統計に基づいたブルームバーグの試算よると、都市銀行と信託銀行、生損保の国債売買高は5月に合計10.1兆円とデータでさかのぼれる04年以降で最低を記録。7、8月も10兆円台の低水準のままだ。

  日銀は2%の物価目標を早期に達成するため、金融機関への資金供給量を積み増す「量的・質的金融緩和」を13年4月に導入し、翌年10月末の追加緩和で国債保有増のペースを年80兆円に拡大した。今年1月末には金融機関の日銀当座預金の一部にマイナス0.1%の付を決め、ドル資金の貸出枠をほぼ倍増するなど、緩和の強気姿勢を崩さなかった。

  今回発表した「総括的な検証」では、量的・質的緩和は予想物価上昇率の押し上げと名目金利の押し下げにより、実質金利を低下させたと指摘したが、貸出金利の低下による金融機関の利ざや縮小にも言及。「イールドカーブの過度なフラット化は広い意味での金融仲介機能の持続性に対する不安感をもたらし、経済活動に悪影響を及ぼす可能性がある」と指摘した。

  こうした検証を踏まえた枠組み変更に対し、メリルリンチ日本証券の大崎秀一チーフ金利ストラテジストは「量から金利へターゲットを本格的に変更した。量的な拡大には限界がある中で、買い入れ規模を思い切り柔軟化した」と言い、黒田緩和の「持続性を高めるには『これしかない』とも言え、かなり納得感がある」と語った。SMBCフレンド証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストも「ここまで具体化するとは思っていなかった。一歩を期待していたが2、3歩進んだ感じだ」と話した。  

実態としては減額へ

  日銀は物価目標を達成するには予想物価上昇率のより強力な押し上げが必要だと指摘。「フォワード・ルッキングな期待形成」を強めるため、インフレ率が安定的に2%の物価目標を超えるまでマネタリーベースの拡大を続ける事実上の「時間軸政策」も採用した。

  三菱UFJモルガン・スタンレー証券の六車治美シニアマーケットエコノミストは、日銀は枠組み変更で量的な拡大の「制約からは解放されるため、金融緩和を長持ちさせることが可能になった」と分析。ただ、10年債利回りを本当にゼロ%程度に誘導できるのかなどは「やってみないと分からない」と指摘した。

  黒田総裁は2%の物価目標の達成時期を「17年度中」と、当初の「16年度中」から4回修正している。総務省が発表した直近のインフレ率はマイナス0.5%と異次元緩和実施前の水準。ブルームバーグのエコノミスト調査では、目標達成について、回答者全員が実現しないとみている。

  メリルリンチ日本証の大崎氏は「新たな枠組みは国債市場には好都合だが、フォワード・ルッキングに期待形成が高まり、肝心の物価が上がっていくかは不透明だ」と指摘。年80兆円の国債保有増を残したのは海外勢のテーパリング観測からの円高を避ける狙いのほか、「今さら引っ込めるわけにはいかないから」だと言い、金利が十分に低ければ「実態としては減らしていくのではないか」と語った。

  運用資産1.51兆ドルを抱える債券ファンド、米パシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)は、日銀の政策決定によるリスク資産の持続的な上昇には懐疑的だ。ピムコジャパンのポートフォリオマネジメント責任者、正直知哉氏は「日銀の金融政策が限界に達したことは明白で、これまで人為的に抑制されたリスクプレミアムは一定程度、調整される」と予想。「日銀単独ではデフレとの戦いに勝利することはできず、日本経済全体の成長期待が高まることが必要」だと指摘した。

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