「ありがとう」黒田総裁、4発目のバズーカから見え隠れする政策先行き

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  • 日銀の決定を受け、10年債利回りは13年4月以降で最も上昇
  • マイナス金利10bp拡大の織り込みが剥落-三菱UFJ信託銀

市場関係者が身構えた日本銀行による先週末の金融政策発表。そこには、過去3回のようなバズーカ砲と並ぶほどの相場を揺るがす追加緩和の内容はなく、副作用増大への懸念を和らげ、安堵を誘うものだった。

  日銀の黒田東彦総裁は7月29日、指数連動型上場投資信託(ETF)の買い入れとドル資金の貸出枠をほぼ倍増させる一方、国債購入の拡大やマイナス金利の深掘りを見送る決断をした。ブルームバーグのデータによると、長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは異次元緩和を導入した2013年4月以来の急騰を記録。円の対ドル相場は6月24日以来の大幅な上昇を演じた。 それでも市場関係者は、黒田日銀に対する過度の警戒から相場の戻しが起きた程度と受け止めているようだ。

  「深掘りがなかったので少し安心した」。三菱UFJ信託銀行資金為替部商品課の鈴木秀雄課長はこう述べ、国債市場は「マイナス金利の10ベーシスポイント(bp、1bp=0.01%)拡大を完全に織り込んでいた」のが剥落(はくらく)したと説明した。しんきんアセットマネジメントの加藤純シニアファンドマネージャーは、今回の決定は「極めて冷静な判断」だが、追加緩和内容は市場予想の下限だったため、円相場は「じりじりと1ドル=100円に向かう」と読む。

追加緩和発表後会見する黒田総裁(7月29日)

Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

  異次元緩和下で大規模な国債買い入れオペを続けた結果、3月末の発行残高1075兆円に占める日銀の保有割合は3分の1を超えている。その規模は7月20日時点では380.1兆円に上る。半面、日本証券業協会の統計によると、都市銀行と信託銀行、生損保の国債売買高は5月に合計10兆885億円とデータでさかのぼれる04年以降で最低を記録した。

  黒田総裁が1月末に市場の意表を突く形で導入を発表したマイナス金利政策も加わり、日本国債は残存期間15年超まで利回りがマイナス圏に沈み、発行残高ベースでは8割超がゼロ%を下回る。それでも、全国消費者物価指数(生鮮食品を除いたコアCPI)は6月に前年比0.5%下落。来年度中に2%目標に達するという総裁の見解に、ほとんどの市場関係者は同意していない。

  世界的な経済成長の減速にもかかわらず、物価目標の早期達成にこだわる黒田総裁は市場機能の低下や金融機関の収益悪化などの副作用を承知の上で、マイナス金利の深掘りや資産買い入れ規模の拡大に踏み切るのではないか-。こうした市場の懸念は先週末の政策発表で、払拭(ふっしょく)された。

  SMBCフレンド証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストは「マイナス金利を深掘りしなくて、ありがとう。量の限界も認めた感じだ」と指摘。次回9月の金融政策決定会合で議論する黒田緩和の「総括的な検証」については、「効果がないならやめる、勇気ある決断もあるのか期待したい」と話した。今回のETF増額は「驚きだ。やはり頼まれた感じがある」と述べ、安倍晋三内閣の大規模な経済対策との関係性を指摘した。

  安倍首相は、2日閣議決定する経済対策の規模を財政措置13兆円、事業規模28兆円超とする意向だ。政府が与党に示した経済対策案では「日銀とも連携しつつ、金融政策、財政政策、構造改革を総動員してアベノミクスを一層加速する」とし、物価目標実現への期待を表明した。

  12年12月に発足した第2次安倍内閣の下で、大胆な金融緩和と機動的な財政出動は、景気回復と物価上昇に一定の効果をもたらした。円相場は昨年6月に125円86銭と13年ぶりの安値を付け、日経平均株価は1996年以来の高値を記録。ただ、その後の相場は世界経済の減速や市場の混乱を背景に逆戻りの展開となっている。英国民投票で欧州連合(EU)離脱派が勝利した6月24日には、円相場が対ドルで99円02銭と13年11以来の水準に上昇し、日経平均が14年10月以来の安値を付けた。

  完全失業率は6月に3.1%と21年ぶりの水準まで低下した半面、家計の消費支出は前年比2.2%減った。中国・成都での20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は7月24日の共共同声明で、世界経済の回復は「望ましい水準より弱い」と指摘。あらゆる政策手段の活用を公約する一方、追加的な金融刺激策よりも、財政・構造政策を強調した。

金融から財政にバトン

  イングランド銀行(英中銀)の金融政策委員会(MPC)委員を務めた経歴を持ち、現在は米ピーターソン国際経済研究所の所長であるアダム・ポーゼン氏は、日本では13-14年に円安が進んだにもかかわらず、インフレ高進が生じなかった点に言及。インフレ率の押し上げには賃上げが必要だと指摘し、「金融から財政にバトンをパスしなければならない」と語った。

  日銀は、政府が財政政策・構造政策面の取り組みを進めていることに声明文で言及。今回の追加緩和策を含め、異次元緩和とマイナス金利政策を推進し、極めて緩和的な金融環境を整えていくことは、「政府の取り組みと相乗的な効果を発揮する」と指摘した。

  一方、政府の財政支出を中銀が紙幣増刷で賄う財政ファイナンスに関しては、黒田総裁は会見で可能性を否定し、政府からの圧力も全く感じていないと言い、経済対策は持続的な成長を実現していく上で時宜を得たものだと述べた。麻生太郎財務相は追加緩和を政府としても歓迎するとの談話を発表。菅義偉官房長官は記者会見で、日銀と緊密に連携しながらあらゆる政策を総動員していくと語った。

  日銀は2%の物価目標を達成するため、金融機関への資金供給量を積み増す「量的・質的金融緩和」を13年4月に導入した。その後の追加緩和で国債保有増は年80兆円に膨れ、オペで買い入れる平均残存期間は7-12年程度に長期化した。1月末には金融機関の日銀当座預金の一部に0.1%のマイナス金利を適用すると決めた。今回のETF増額やドル資金の貸出枠拡大は黒田総裁の就任後で4度目の金融緩和策となる。

長期戦に備えか

  日銀は次回9月の決定会合で異次元緩和とマイナス金利政策の下での経済・物価動向や政策効果について「総括的な検証」を行うとしている。

  黒田総裁は記者会見で、2%の物価目標を出来るだけ早期に実現する約束を変更する考えはないことを従来通り繰り返した。総括的な検証はそのために何が必要かという観点から「虚心坦懐(たんかい)」に検討し、さらに何か必要なら金融政策についても考えると言い、追加緩和の可能性に含みを残した。今回は現状維持を決めた量的緩和やマイナス金利に限界が来たということは全くないとも語った。

  7月30日付の日本経済新聞朝刊は、日銀が物価目標の達成時期で「2年程度で」という表現を取り下げる方針だと報じた。「できるだけ早期に」という姿勢は変えないが、時期を曖昧にすることで政策判断が過度に縛られないようにするという。

  野村総合研究所の井上哲也金融ITイノベーション研究部長は、追加緩和を言わば「予告」するのは、特に量的・質的緩和の初期に意識された「衝撃と畏怖」戦略からの乖離(かいり)の兆しとみることもできると指摘。セントラル短資の佐藤健司係長は、国債買い入れを減らしてマイナス金利を深掘りする、長期的に持続可能な金融緩和の枠組みを作るための前触れかもしれないと語った。

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